黒板の日付だけが進まない

八月の教室には、七月十八日が残っていた。

終業式の日付。日直だった宇賀神侑生が、右上に几帳面な字で書いたまま、誰も消さなかったらしい。私は図書委員の当番を終えたあと、わざわざ三階まで上がり、鍵の開いていた教室へ入った。

机のない前方だけが広く見える。カーテンは半分閉じ、黒板の日付に細い光が当たっていた。

宇賀神は終業式を休んだ。夏休み前から入院していると、先生は短く説明した。詳しいことを聞けるほど親しくはない。ただ、私が日直を忘れた日は必ず黒板を代わりに消してくれた。礼を言うと、「字が残ってるの、気になるから」と答える人だった。

クラスのグループには、海や花火の写真が流れている。宇賀神は一度だけ、病院の窓から見える雲を送った。誰かが「元気?」と聞き、彼は「まあまあ」と返した。それきりだった。

私は黒板消しを持った。日付を消そうとして、手が止まる。

九月一日に戻れるかは分からない。それなのに七月十八日を残しておくのも、時間を止めているみたいで嫌だった。

チョークを取り、数字の下へ一本、横線を引いた。そして、その下に八月八日と書く。

『図書委員、暑い。宇賀神の字のほうがうまい』

写真を撮って送った。

既読はつかない。私はさらに八月十五日、二十二日、二十九日と、未来の日付を縦に並べた。それぞれの横に空欄をつくる。

『この日に何か書いて』

送信してから、勝手なことをした気がして、黒板の前で後悔した。

スマートフォンが震えた。

宇賀神からだった。白いシーツの上に置かれたノートの写真。そこには、同じ日付が並んでいる。

八月八日――点滴が外れた。

十五日――屋上へ行く。

二十二日――たぶん退院。

二十九日――黒板の続きを書く。

最後に一行。

『七月十八日、消していいよ』

私は黒板消しで、終業式の日をゆっくり消した。粉が光の中へ舞った。

代わりにいちばん下へ、九月一日と書いた。

教室はまだ空だったが、その日付だけは、待つためではなく進むためにあるように見えた。