『空席の査定』
城戸芙美の昇進査定は、上司の評価書によってほぼ決まっていた。
――大型移行案件では議事録作成に従事。判断業務は行っていない。
「反論はありますか」
査定官の朽木克己が尋ねた。
城戸は評価書を膝に置いたまま答えた。
「ありません。役職上、最終判断者は部長です」
「しかし顧客は、当日の責任者をあなたと認識している」
「部長が途中で体調を崩しました。私は手順を止めないために連絡役をしただけです」
他の査定官は、謙虚と見るべきか、実績不足と見るべきか迷っていた。城戸の昇進枠は一つしかなく、評価書どおりなら別候補へ回るはずだった。朽木は当日の会議室予約を表示した。二十一時まで押さえられた大会議室から、部長の社員証は十八時七分に退館している。一方、城戸は翌朝三時まで残っていた。
「それでも判断していない?」
「共有手順書に沿いました」
朽木は手順書の版履歴を開いた。障害発生後、切替順序を書き換えたのは城戸だった。顧客側の承認者欄には「K・K」のイニシャルだけがある。
部長の評価書には、その承認者が現場を知らない外部監査人で、城戸の独断を見抜けなかったと記されていた。
朽木が静かに笑った。
「K・Kは私です」
その一言で、室内の空気が止まった。
当時、朽木は買収前の顧客企業で、統合可否を秘密裏に判定する責任者だった。身分を伏せて参加したため、城戸も顔を知らない。障害時、部長は撤退を指示して帰った。城戸は顧客データを守る別経路を提案し、朽木が承認した。
「あなたが独断をしたという評価書は嘘です。承認した人間を、部長は存在しないことにした」
城戸はそこで、ようやく顔を上げた。
「では、部長の指示違反になります」
「いいえ。顧客の正式承認に基づく職務遂行です」
朽木は昇進欄の「保留」を押し退け、部長の評価書を無効箱へ入れた。
「次期課長は城戸さん。決裁者として推薦します」