『同じ指紋の五人』

朝凪製薬の昇格面接で、一色柚葉は五人の推薦者から満点を得た資料を前に座っていた。

三百六十度評価には、研究員、営業、品質管理、取引先、元上司の五名が回答している。全員が〈判断が速い〉〈部門を越えて信頼される〉と記し、課長昇格に反対する項目は一つもない。

面接官の金春貴臣は質問した。「この五人を、あなたが選びましたか」

「制度どおり無作為です。回答者は匿名なので知りません」

金春は送信履歴を映した。名前は伏せられているが、五件すべてのブラウザ識別情報が同じだった。画面サイズ、言語設定、保存されたフォント、時差まで一致している。

柚葉は肩をすくめた。「社内の共用パソコンでしょう」

「一件は取引先、もう一件は退職済みの元上司という説明です」

「代理入力かもしれません」

金春は次に回答時刻を並べた。二十時零一分、零四分、零七分、十分、十三分。三分間隔で五件。アクセス元は十階の会議室〈銀河〉だった。その時間に部屋を予約していたのは柚葉だけで、用途は〈昇格面接準備〉。入退館記録でも、同じ階に残っていた社員は柚葉一人だった。

「匿名制度の穴を見つけただけです。実績がなければ、こんな評価を書いても通りません」

柚葉は開き直ったように笑った。

金春は最後の資料を出した。五つの自由記述には、すべて〈部門間〉〈部門感〉とする同じ変換ミスがある。柚葉が面接用に提出した自己PRにも、同じ誤字が残っていた。

金春は回答依頼メールの開封記録も示した。本物の五人のうち四人は未開封、退職した元上司のアドレスは半年前から無効だった。それでも回答だけは届いている。柚葉は匿名だから確認できないと踏んだのだろうが、匿名なのは内容であって、配送の記録ではなかった。

沈黙の後、柚葉は「昇格したら制度を改善するつもりだった」と言った。

金春は昇格判定欄の〈推薦〉を消した。代わりに、次点だった候補者の面接を繰り上げる通知を送る。

「制度を改善するのは、制度を破った人ではありません」

柚葉の五人分の満点は、その場で一人分の不正記録に変わった。