『送別会の翌日に開く』

退職面談の開始直後、部長は退職届を机の中央に置いた。

「情報漏洩を認めて自主退職する。これで穏便に済ませる」

若手社員は署名欄を見つめた。競合会社へ新商品の価格表を送ったというメールが、本人の送信済みフォルダから見つかっていた。否定しても、部長は「証拠は揃っている」と繰り返した。

人事担当が一つ確認した。

「先月退職したシステム担当が、予約送信したファイルがあります。開いてよろしいですか」

部長の顔色が変わった。

「関係ない。あいつは送別会で酔って、妙な仕掛けを残しただけだ」

ファイル名は「送別会の翌日に開く.eml」。中には、退職者が自分宛てに送ったメールと、メールソフトの振り分け規則が保存されていた。

若手社員のアカウントには、毎週金曜の午前二時、送信済みフォルダへ特定形式のメールを作る自動処理が追加されていた。作成者は部長の管理者アカウント。追加日時は送別会の最中だった。

部長は笑い飛ばした。

「管理者名は共用だ。誰でも設定できる」

人事担当は会場の予約表を開いた。送別会には部署全員が参加し、若手社員も二次会までいた。だが部長だけは「急用」で三十分席を外している。その時間、会社の入館記録に部長の社員証が残っていた。

「忘れ物を取りに戻った」

「それなら、なぜ若手社員の端末を起動したんです」

端末のログには、部長の指紋認証が記録されていた。若手社員の送信済みメールが作られたのは、その六分後だった。

部長は退職者を犯人にしようとした。

「あいつが私の指を登録したんだ。恨んでいたから」

退職者のファイルには最後の添付があった。部長からシステム担当へ送られた依頼メールである。

――監査テストとして、若手の端末に自分の指紋を登録したい。本人には知らせないこと。

CCにはコンプライアンス室が入っていた。ただし部長は、送信直後にCCを削除したつもりでいた。退職者は原本を保存していた。

人事担当が退職届を裏返した。

「自主退職の提案は撤回します」

若手社員が顔を上げる。

「本日付で調査対象を変更します。あなたではなく、部長です」

ドアの外で待っていた監査員が入り、退職届は署名されないまま部長の前へ滑った。