『匿名アンケートの句読点』
契約更新面談で、笹森朱音は七枚の匿名評価を読まされた。
〈協調性がない、、〉
〈指示に従わない、、〉
〈正社員には不向き、、〉
全部、読点が二つだった。
課長の鳴海卓哉は深刻そうに腕を組んだ。
「匿名だから誰とは言えないが、チームの総意だ。今月で契約終了にする」
人事担当の庭瀬祥子が、四枚目で吹き出しそうになり、咳払いでごまかした。
「鳴海課長。七人全員が、句点の代わりに読点を二つ打つ部署なんですか」
「最近の若者はそういう文章を書く」
笹森は五十二歳だった。
庭瀬はアンケート管理画面を開いた。回答内容は匿名化されているが、不正防止のため端末識別子と送信時刻だけは人事に残る。七件は火曜の二十二時十一分から二十二分まで、同じタブレットから送られていた。
鳴海は「休憩室の共用端末だ」と答えた。
ところが火曜夜、チーム全員は地方展示会へ移動中だった。出張メールのCCには鳴海も入っている。タブレットの接続先は本社の課長室。入退館記録で、その時間に残っていたのも鳴海一人だった。
「それでも、本人たちから聞いた意見を代理入力しただけだ」
庭瀬は回答用リンクの発行履歴を出した。各社員へ一つずつ配られたリンクは未使用のまま。鳴海だけが、人事管理者用の予備リンクを七回発行している。自由記述欄には、笹森が先月拒んだ〈無給での休日棚卸し〉という言葉まで共通していた。
笹森は静かに言った。
「指示に従わなかったのは、それです。労基へ相談する前に、社内窓口へ匿名で知らせました」
鳴海の顔から、ようやく句読点が消えた。
庭瀬は契約終了通知を破棄した。
「笹森さんの契約は更新します。正社員登用の審査にも進んでください。鳴海課長の評価権限は、本日付で停止します」
庭瀬は残り四枚も声に出して読んだ。語尾の〈と思います、、〉、半角の感嘆符、変換ミスの〈棚卸しゅ〉まで同じだった。笹森は笑わなかったが、面談室の外で待つ同僚たちは、まだ一件も回答していないとチャットで知らせてきた。匿名という幕は、同じ癖を七回隠せるほど厚くなかった。
七人分の匿名意見は、一人分の退職理由になった。