あなたが拡散しなかったもの
あの夜、私は新しい部屋の写真をSNSへ載せた。
長いあいだ住んでいた家を出て、ようやく借りた小さな部屋だった。白いカーテン、段ボールの机、床に置いたマグカップ。〈今日からここでやり直します〉と書いた。
十数件の祝福が届いた。
その中で、あなた一人だけが公開返信をしなかった。
代わりに非公開メッセージが来た。
〈写真の窓に、向かいの建物名と部屋番号が反射しています。場所を知られたくない事情があるなら、いったん削除したほうが安全です。返信は不要です〉
私は血の気が引いた。
以前の交際相手から離れるため、住所を変え、知人にも行き先を伏せていた。うれしさのあまり、鏡のような窓へ映った文字に気づかなかった。
投稿を消した。
あなたはスクリーンショットを載せなかった。
「危険な投稿をしている人がいる」と話題にもせず、善意の注意を公開欄へ書いて、かえって写真を人目へ戻すこともしなかった。
ただ私一人へ知らせ、痕跡を増やさなかった。
数日後、私は反射を隠した写真を載せ直した。
〈新しい朝です〉
あなたは、いいねを一つ押した。
それから一年後、制服姿の中学生が、合格通知を持った写真を投稿しているのを見た。紙の隅に住所が映り、名札には学校名があった。
私は公開返信をせず、非公開メッセージを送った。
〈おめでとうございます。
ただ、住所と学校名が読めます。いったん消して、隠してから載せ直すと安心です。返信は不要です〉
しばらくして投稿は消え、個人情報を隠した写真が戻った。
〈教えてくれた人、ありがとう〉
名前は書かれていなかった。
それでよかった。
私の新しい部屋には今、窓の反射を避けて撮った写真が一枚飾ってある。画面に載せなかった場所ほど、安心して暮らせる場所になった。
SNSの親切は、何かを広めることだけではない。
誰かの喜びや弱さを、勝手に見世物へしないこと。
危険を見つけても、自分の正しさを示す材料にしないこと。
そして、守った事実まで静かに消すこと。
あなたがあの夜、拡散しなかったものの中には、私の住所だけでなく、ようやく始めた新しい暮らしも入っていた。