いってらっしゃいは片道ではない
駅の改札に立っていると、毎朝七時四十分に来て、七時四十二分に帰る女性がいた。
定期券をかざし、構内へ入り、二分後に同じ改札から出る。私は最初、忘れ物だと思った。
「いってらっしゃいませ」
入るとき、いつもの挨拶をした。
戻ってきたときは、少し迷ってから言った。
「おかえりなさい」
女性は驚いた顔をした。それから、小さく頭を下げた。
翌日も同じだった。
いってらっしゃい。
二分後、おかえりなさい。
三日目はホームまで行ったらしく、戻るまで七分かかった。五日目には一本見送り、十二分後に帰ってきた。
駅員として、事情を尋ねるべきか迷った。けれど彼女は毎朝、全力でどこかへ向かい、全力で戻ってきているように見えた。私は時刻と挨拶だけを渡した。
二週間後、女性のほうから話しかけた。
「会社へ行こうとすると、息ができなくなるんです」
休職中だった。医師からは、まず駅まで行く練習をと言われたが、電車に乗れない自分を毎朝、失敗だと思っていたという。
「毎日、帰ってきてすみません」
私は答えた。
「改札は、出かける人だけの場所ではありません。戻る人のためにも開きます」
女性は泣きそうな顔で笑った。
翌週、彼女は一駅だけ乗った。帰りの改札で、私はいつもどおり言った。
「おかえりなさい」
「ただいま」
その次は二駅。しばらくして、朝の七時四十分に来なくなった。
元気になったのならいい。別の道を選んだのでもいい。そう思いながら、私は毎朝、何百人へ「いってらっしゃいませ」と声をかけた。
半年後、昼の改札に彼女が現れた。首から図書館の職員証を下げている。
「会社には戻りませんでした。でも、別の場所へ行けるようになりました」
手渡された小さなカードには、こう書かれていた。
〈いってらっしゃいは、帰れと言わない言葉でした。
おかえりなさいは、失敗を数えない言葉でした〉
彼女は改札を通り、振り返った。
私は、初めて会った朝と同じ明るさで言った。
「いってらっしゃいませ」
今度の彼女は、戻らずに手を振った。
それでも私は知っている。
どこまで行っても、帰るための言葉は、ここに残っている。