おでんの大根が冷めるまで
亜季はコンビニのおでんを、紙カップごと両手で抱えて帰った。
大根、卵、しらたき。店員がふたを閉める前に、つゆを少し多めに入れてくれた。外は風が強く、信号待ちのあいだ、指先に伝わる熱だけが頼りだった。
部屋に着くと、ビデオ通話の着信履歴が一件あった。妹からだ。家族のグループチャットには、実家で飼っている犬の写真が三枚。「亜季も今度帰っておいで」と父が書いている。
帰りたい気持ちはある。けれど、電車を乗り継いで、近況を聞かれ、仕事はどう、恋人はいないの、と悪気なく尋ねられる週末を想像すると、体が先に疲れてしまう。
亜季は床に座り、ローテーブルにおでんを置いた。箸で大根を割ると、中心から薄い湯気が立つ。熱すぎてすぐには食べられない。
その待ち時間に、妹へ「今ちょっと疲れてる。また電話する」と送った。説明が短すぎる気がして、続きを打つ。忙しいだけ、元気だから、心配しないで。三つとも消した。
返信はすぐ来た。
「了解。大根みたいにしみといて」
意味の分からないスタンプも一緒だった。亜季は声を出して笑い、卵をつゆに沈めた。
大根はまだ熱かった。急いで食べれば、口の中をやけどする。家族への返事も、帰省の日程も、今すぐ決めなくていいのかもしれない。近い相手ほど、きちんと答えなければと思っていたが、短い言葉で残しておく夜があってもいい。
洗面所では、朝に脱いだ服がかごからはみ出している。明日着るブラウスにはアイロンが必要だ。亜季は見なかったことにして、しらたきをすすった。つゆが少し跳ね、テーブルに丸い染みができる。
大根がちょうどいい温度になったころ、家族の未読件数はゼロになっていた。
帰れない自分も、話せない自分も、今夜はここにいていい。亜季は最後の一口をゆっくり噛み、空のカップにふたを戻した。
空になったカップには、薄い色のつゆが少し残った。亜季はそれを飲み干さず、流しへ置いた。全部きれいに終わらせなくても、途中で休める場所が自分の部屋なら、それだけで帰ってきた意味はあると思った。