お父様は元組長ではない

真柴渉乃は、恋人の父へ結婚の挨拶をする前から怯えていた。

恋人の鞠映が言ったからだ。

「父は昔、組をまとめてた」

「組?」

「今も親方って呼ばれる」

「親方」

「若い衆が二十人くらいいる」

「二十人」

渉乃の頭の中で、穏やかな家庭訪問は任侠映画になった。

実家へ着くと、玄関に体格の良い男たちが並んでいる。

「若、お待ちしてました」

渉乃は反射的に頭を下げた。

「本日は命を懸けて参りました」

鞠映が小声で言う。

「結婚の挨拶で命を懸けないで」

座敷では父の錦戸谷が腕を組んでいた。

「娘をもらいたいそうだな」

「はい。必ず幸せにします」

「口だけなら誰でも言える」

「必要なら指を」

「何の指だ」

「責任の形として」

鞠映が額を押さえる。

「切らないで。父は指の太さを見る仕事だけど」

渉乃は青ざめる。

「採寸してから?」

父は首をかしげた。

「指輪の号数だろう」

父は続ける。

「うちは筋を大事にする」

「承知しています」

「途中で投げ出す奴は許さん」

「墓場まで一緒です」

「そこまで言うか」

「裏切り者には厳しいと伺いました」

「納期を破る業者にはな」

会話が噛み合うたび、渉乃の覚悟は深まった。

「若い衆とも仲良くできるか」

「兄貴と呼ばせていただきます」

廊下の男たちがざわめく。

父が尋ねる。

「彼らは全員、お前より年上だぞ」

「では私が弟分に」

「家族になる話が別の家族へ寄っているぞ」

鞠映がとうとう説明した。

父は元・木工職人組合の組長。今は家具工房の親方で、若い衆は職人たち。指の太さを見るのは結婚指輪を手作りするためだった。

渉乃は座布団へ額をつけた。

「完全に誤解しました」

父は笑う。

「その覚悟があれば、娘を任せてもいい」

「ありがとうございます」

「ただし指は十本とも残せ。工房を手伝わせる」

廊下の職人たちが一斉に頭を下げた。

「兄貴、よろしくお願いします」

父は木の指輪見本を机へ並べた。

「好きな材を選べ。桜、黒檀、欅」

渉乃は黒檀を指した。

「一番、覚悟が伝わりそうなので」

鞠映が笑う。

「まだ任侠から戻ってない」

渉乃の勘違いだけが、正式に組へ迎えられた。