お祝いは来月で

金曜の午後八時半、深冬は家計簿アプリの残額を見ながら、冷凍庫の食パンを焼いていた。

給料日まで六日。財布には千八百円、口座には家賃を除いて四千円余り。トースターの中で、パンの端だけが先に色づいていく。

梨沙から電話が来た。

「いま大丈夫?」

大丈夫ではなかった。夕飯が食パン一枚だと説明するほどでもないし、断る理由もない。深冬は「うん」と答え、バターの代わりにマヨネーズを細く塗った。

「結婚することになった」

梨沙の声は、思ったより静かだった。深冬は火傷しそうなパンを指でつまみ、「おめでとう」と言った。自然に出た言葉だった。

電話の向こうで梨沙が笑い、来月両家で食事をすること、式はまだ決めていないことを話した。深冬は相槌を打ちながら、検索画面を開いた。友人、結婚祝い、相場。数字が並ぶ。三万円、五千円、食器、タオル、カタログ。

梨沙が昔、深冬の誕生日にくれた香水は、たしか一万円近かった。就職祝いには革の名刺入れもくれた。思い出すほど、返すべき金額が積み上がる。

「今度、お祝いさせて」

口にした瞬間、来月のカード明細が頭に浮かんだ。声が少し固くなったのを、梨沙は聞き逃さなかった。

「物はいらないよ。ほんとに」

「でも、私、いろいろもらってるし」

「じゃあ、落ち着いたらご飯食べよう。深冬の給料日のあとで」

冗談めかした言い方に、胸の奥がちくりとした。お金のことを見抜かれた恥ずかしさと、見抜いてもらえた安堵が同時に来た。

深冬は一度、息を吐いた。

「うん。今月ちょっと厳しいから、お祝いは来月でいい?」

「もちろん。結婚、今月で終わらないし」

二人で笑った。

電話を切ると、パンは冷めていた。深冬は検索画面を閉じ、高価な贈り物の候補も消した。祝う気持ちまで、今月の残高に合わせて小さくしなくていい。ただ、支払う日は選んでいい。

冷蔵庫の奥から、最後のスライスチーズを出してパンに載せた。明日の朝の分だったが、また考えればいい。

溶けきらないチーズをかじりながら、深冬はカレンダーの給料日に小さく〈梨沙とご飯〉と書いた。今夜は約束だけで、充分なお祝いだった。