だし巻きの継ぎ目
三人で作っていたゲームから、僕だけが抜けた。
正確には、喧嘩して抜けた。企画を変えるかどうかで言い合いになり、最後に『もう好きにしろ』と送って、グループチャットを退出した。手元には共同購入したコントローラーが残っている。返すべきだと分かっているのに、連絡を再開する理由に見えるのが嫌で、机の下へ押し込んだままだった。三人で最初に作った小さなステージだけは、自分のパソコンに残っている。消せず、起動もできなかった。
初めて入った居酒屋には、眼鏡の常連が一人、文庫本を読んでいた。僕が座ると椅子ががたついた。常連は本から顔を上げず、足元の薄い木片を靴先でこちらへ滑らせた。僕が椅子の脚に噛ませると、揺れは止まった。
だし巻き卵を頼む。厨房から、卵液が鉄鍋へ広がるしゃあっという音がした。箸で巻くたび、甘い出汁の匂いが立つ。切られた断面からは湯気が上がり、幾重もの黄色い層が見えた。
端から一切れ食べた。表面は少し締まり、中は出汁を含んで柔らかい。巻き目は完全には揃っていない。途中に小さな継ぎ目があり、そこから汁がにじんだ。
「一回で巻いてないからね」
店主は大根おろしを皿の端へ直しながら言った。
奥の常連がページをめくる。栞の代わりに、何度も折ったレシートが挟まっていた。古い日付のものらしく、角が白く擦れている。その人は続きを読む前に、木片がきちんと椅子の下へ入ったかだけ確認した。
僕は退出したチャットを開けなかったので、個別の連絡先を出した。『コントローラー、明日返す。受付に預ける』と打つ。謝罪はまだ書けなかった。企画についても納得していない。だから、まず物だけ返す。最後に『データのバックアップは消してない』と加えた。
送信すると、既読はつかなかった。何も解決していない。それでも机の下の箱を、明日の鞄へ入れるところまでは想像できた。
最後の一切れは中央だった。箸を入れると、熱い出汁が皿へ流れた。継ぎ目は見えたままなのに、卵はほどけず、舌の上で静かに形をなくした。