ひびの入った端末

針ヶ谷苑香のスマートフォンには、画面の隅に細いひびがあった。

機種も古く、透明なケースは黄ばんでいる。蓮沼美郷は新型端末を机に置き、毎月のように言った。

「直すお金がないなら、せめて隠せば?」

苑香は「まだ使えるから」と答えた。

情報授業で、学校向け端末の提案会が開かれた。美郷は父の会社が扱う海外製品を推薦し、苑香の端末を例に挙げた。

「安物はすぐ壊れます。うちの製品なら三年保証です」

そのとき、講師として通信機器メーカー〈ハリガヤ・ラボ〉の社長が入室した。社長は苑香の端末を見るなり、嬉しそうに尋ねる。

「試作一号、まだ動いているのか」

苑香の母だった。

針ヶ谷家は、通信端末と半導体を開発する上場企業の創業家。苑香が使っていたのは市販前の耐久試験機で、ひびは落下試験の際に入ったものだった。五年間、電池を二度、端子を一度交換して使い続けた記録は、新しい修理可能型端末の設計へ反映されていた。廃棄端末を何万台減らせるかという試算も、苑香自身がまとめていた。

母は資料を映す。

「苑香が提案した交換式画面の特許は、すでに十二か国で登録されました。利益の一部は、学習端末を買えない家庭への無償貸与に使います」

美郷は新型端末を握りしめた。

「でも、苑香は親が社長なだけじゃん」

担当弁理士が契約書を開いた。発明者欄には苑香の名があり、特許料は本人の教育基金へ入る。初年度だけで、美郷の父の会社の売上を上回る額だった。

さらに美郷の端末は、学校の安全基準を満たしていない並行輸入品だと判明した。父の会社は正規代理店ではなく、提案資格を失う。

苑香はひびの入った画面を指でなぞった。

「壊れたら捨てるより、直せるほうが豊かだと思う」

校長が修理可能型端末の導入契約へ署名し、苑香の試作一号が展示ケースへ収められる。

黄ばんだケースに〈開発原点・針ヶ谷苑香所有〉の札が付いた瞬間、美郷が隠すべきだと笑った端末は、学校で最も新しい未来になった。