まだ見ぬ子への返書

物置に、使われなかった木の揺り籠があった。

流産した子のために、夫婦で選んだ物だった。

その後、二人は子どもを持つ話を避け、揺り籠も布をかけたまま十年置いた。

ある朝、妻が掃除をすると、底板に小さな封筒が挟まっていた。

「この揺り籠で最初に眠る子へ手紙を置けば、その子が初めて一人で字を書いた日に返事が届く」

誰が書いた説明か分からない。

妻は手紙を書いた。

「あなたが誰でも、ここへ来てよかったと思える家にしたいです。

でも、あなたを待っていると言うのが怖いです」

夫は読まず、自分の手紙を別に入れた。

二人は揺り籠を児童養護施設へ寄付しようとした。

ところが職員から、古い規格で乳児用には使えないと言われた。

結局、近所の子ども図書室へ渡し、絵本を入れる箱になった。

「最初に眠る子」など現れないと思った。

数年後、図書室の催しで、一人の子どもが揺り籠の中へ丸くなって眠った。

里親家庭を転々とし、新しい家へ移る前に、毎週そこへ本を読みに来ていた子だった。

妻はその子の受け入れを申し出たわけではない。

ただ図書室の手伝いとして、起きるまでそばに座った。

子どもは目を開け、

「ここ、捨てる物の箱?」

と尋ねた。

「本を置く箱」

「僕も置かれた?」

「自分で入って寝たの」

それから一年、夫婦は里親研修を受けた。

子どもを救うという言い方をしないよう、何度も注意された。

子どもにも、夫婦を親と呼ぶ義務はない。

一緒に暮らせるかを、少しずつ試した。

初めて家へ泊まる夜、子どもは揺り籠を持ってきてほしいと言った。

寝るためではなく、好きな本を入れるため。

木箱は居間へ置かれた。

さらに二年後、机の上に二通の返事があった。

子どもが一人で書いた、曲がった字。

妻宛て。

「待ってなくてよかった。

待たれていた子じゃないけど、今いる子にはなれた」

夫宛て。

「手紙は読んでないけど、たぶん心配しすぎ。

朝ご飯は焦げない方がいい」

夫婦は、自分たちの手紙を子どもに見せていなかった。

それでも返事は、揺り籠の底から届いていた。

木箱は今も絵本でいっぱいだ。

失った子の代わりを入れる場所ではない。

まだ見ぬ誰かへ空けた場所が、実際に来た一人の好きな物で、少しずつ形を変えて満たされた。