クリーニング番号三十七

閉店十分前、御影朔臣はクリーニング店のカウンターで紺色のコートを受け取った。

宗方柚月から届いた最後の言葉は、「あのコート、店に返しておいて」だった。朔臣は自分が借りていたコートを洗い、彼女の名義で預けた。

〈受け取った。駅前で待ってる〉

十九時五十一分、送信。既読はつかない。

コートは、二年前の初雪の日に柚月が肩へ掛けてくれたものだ。袖は短く、ボタンは女物で、それでも朔臣は気に入っていた。内ポケットには、初めて二人で入ったこの店の引換券が残っている。番号は偶然、今日と同じ三十七番だった。

十九時五十五分。店員が首をかしげる。

「こちら、御影様用にお直しも承っていますね」

「直し?」

「袖を二センチ出して、裏地にお名前を。宗方様が今朝、追加で」

店員がコートを裏返す。新しい裏地の端に、小さく〈S.M.〉と刺繍されていた。

朔臣は、柚月の言葉を思い返した。「店に返して」は、別れのために返却しろという意味ではなかった。この店へ持ってきて、自分のものに直せという意味だったのだ。

十九時五十七分。まだ未読。

店の外は雨だった。柚月は今夜、駅前で話そうと言っていた。朔臣は喧嘩の勢いで「来なくていい」と返した。そのあと送った謝罪は、三日間読まれなかった。

「宗方様、携帯を落としたとおっしゃってましたよ」

店員が思い出したように言う。

「受け取りの人が来たら、駅の東口にいるって伝えてほしいって」

西口の時計を見た。十九時五十九分。反対側へ走れば、五分で着く。

そのとき店のシャッターが半分下りた。朔臣の携帯に、柚月からメッセージが届く。

〈代替機、やっと設定できた。東口にいる。コートはあなたのだから、着て来て。昨日の言葉、ちゃんと取り消したい〉

送信時刻は十九時五十分。認証に手間取り、九分遅れで届いたらしい。

朔臣はコートに腕を通した。袖丈は驚くほど合っていた。店員が「お似合いです」と笑う。

東口へ行けば、まだ間に合う。けれど朔臣は、三日間の未読を拒絶だと決めつけ、明日の朝いちばんの転勤便をもう予約していた。

カウンター脇には、衣類回収用の大きな箱がある。朔臣は一瞬だけ、その口を見た。

それから新しい裏地を撫で、古い三十七番の引換券を内ポケットへ戻した。明朝の便は、乗らなければいい。

シャッターが床へ着く前に身を滑らせ、朔臣は紺色のコートを着たまま東口へ走った。