コロッケは半分に

三枝理久の足元には、キャリーケースがあった。明朝の始発で、群馬の工場寮へ入る。

 二年前、大学の友人と始めた会社は、先月なくなった。請求書を自動整理する小さなサービスだった。最初の百人までは面白かった。千人を目指し始めてから、資金と意見が足りなくなった。

 最後の会議で、共同経営者の友人に「お前は理想ばかりだ」と言われ、理久は「お前は金のことしか見てない」と返した。そのまま会社を畳み、サーバーの管理権限だけが理久の手元に残った。友人からは連絡がない。理久もしていない。

 この居酒屋へ二人で来た夜も多かった。今日は理久一人で、そして最後だった。

「コロッケ、一個」

 油へ落ちた衣が、ざあっと雨のような音を立てた。揚がるにつれ、パン粉の香ばしさと微かなナツメグの匂いが店に満ちる。店主は丸いコロッケを包丁で二つに切り、白い湯気を立たせて皿へ置いた。

「一人なのに、半分にするんですね」

「熱いからな」

 店主はそれだけ言った。

 片方を食べると、衣が軽く砕け、中のじゃがいもは舌にまとわりつくほど熱かった。昔、友人は猫舌で、切ったコロッケの片方をいつも理久の皿へ寄せた。

 理久はスマートフォンを出し、共有サーバーの管理画面を開いた。削除期限は明日。友人のアカウントは、まだ残っている。

 明日の昼休み、権限を戻し、ソースコードと顧客への対応記録を渡す。そのうえで、「金しか見ていないと言ったのは間違いだった」と送る。会社が戻るわけでも、友人関係が戻る保証もない。それでも、何も渡さず消すのだけはやめる。

友人は会社を畳む直前まで、未払いの外注費を自分の貯金から出していた。その事実を、理久は清算書で初めて知った。理想を守ったのは自分だけだと思っていたが、実際には友人も別の場所を守っていた。明日の連絡で許しを求めるつもりはない。返事がなくても、権限移譲が終わった記録と、借りていた充電器の送り先だけは残す。関係を戻すためではなく、終わらせ方を一人で決めないためだった。

 残った半分は少し冷めていたが、割れた断面にはまだ湯気があり、じゃがいもの甘さが口の奥へゆっくり残った。