ドレスの受取票
千紗都は、ウェディングドレスの受取票を名刺入れに挟んでいた。
受取日は金曜日の午後四時。ところが同じ時刻に、半年かけて準備した企画の最終審査が入った。代理発表は認められている。ドレスの受け取りも、翌日に延ばせる。ただし翌日は追加保管料がかかり、式の前日になる。
どちらも致命的ではない。だからこそ迷った。
婚約者の朔也からは二件のメッセージが来ていた。
〈発表、千紗都が行ったほうがいいよ〉
続いて、
〈でも一緒にドレスを受け取りたかった〉
名刺入れには、受取票のほかに審査会場の入館証も入っている。白い厚紙と黒いプラスチック。どちらを抜いても、もう片方が残る。
二十九歳になるまで、千紗都は「仕事を選ぶ女」に見られることを少し誇らしく思っていた。忙しさを理由にすれば、期待される花嫁像から逃げられた。反対に、結婚を選べば、仕事に執着しすぎない余裕のある人になれる気もした。どちらも、他人の目で作った姿だった。
同僚が作った練習動画は、千紗都より説明が簡潔だった。再生を止めた画面に、自分の席で堂々と話す彼女が映っている。結婚を選ぶ代わりに仕事を捨てるのではなく、仕事を他人へ渡す怖さを選ぶのだと思った。
本当に怖いのは、発表を任せた同僚が成功することだった。自分がいなくても企画は進む。それを認めたくなくて、仕事を選ぼうとしている。
千紗都は同僚へ電話した。
「最終発表、お願いしてもいい?」
一瞬の沈黙のあと、「任せて」と返ってきた。胸の奥に、小さな嫉妬が刺さった。
次に、審査事務局へ代理発表の申請を送った。自分の名前の横に、同僚の名前を入力する。評価が下がるかもしれない。次の担当から外れるかもしれない。それでも、金曜日の午後四時を朔也と過ごしたいという気持ちは、逃げではなかった。
千紗都は黒い入館証を名刺入れから抜き、引き出しへしまった。白い受取票だけを残す。
朔也へ〈四時に行く。発表は任せた〉と送ると、指先が少し震えた。
誰かに席を譲った穴を、自分で見届けるための震えだった。