ナッツの札

昼休みの列が店外まで伸びた十二時二十分、カフェ勤務六日目の片桐夏帆は、初めて客からトレーを突き返された。

「ナッツ不使用って書いてあったから買ったのに、アーモンドの味がします」

客は食べかけの丸いクッキーを指した。顔色は変わっていないが、声が震えている。夏帆はすぐに体調を確認し、必要なら救急要請をすると伝えた。客は重いアレルギーではないと言ったものの、「表示を信じた」と唇を結んだ。

店長は焼き菓子棚の札を見て、「同じ工房で作っているから、混入の可能性と説明して返金」と指示した。

夏帆はクッキーを割った。香ばしい粒ではなく、生地そのものから杏仁の匂いがする。納品箱の原材料表を見ると、三日前のレシピ変更で小麦粉の一部がアーモンド粉になっていた。棚の札だけが先週のままだった。

混入ではない。入っている。

「この商品、販売を止めます」

店長がレジの列を見た。「今止めたら、セット商品が全部出せない。札を裏返して、今日だけ口頭で」

「口頭で聞ける人だけが買うわけではありません」

夏帆は棚から同じクッキーをすべて下げた。すでにトレーへ取った客にも声をかけ、一枚ずつ交換する。セット注文には別の焼き菓子を案内し、レジ横へ手書きで変更内容を掲示した。レジ係には「ナッツ入りへ変更」と同じ言葉で伝え、説明が人によって変わらないようにした。列は遅れ、何人かは不満そうに時計を見た。

客へは、曖昧な「可能性」ではなく、表示更新が遅れた事実を伝えた。客は返金を受け取り、「ちゃんと止めたなら」とだけ言って帰った。

閉店後、夏帆は納品時の確認表を作った。商品名、賞味期限、その隣に「原材料変更の有無」。札を替えた人が署名する欄もつける。さらに、変更がある商品は色つきの箱で納品してもらえないか、工房へ依頼文を書いた。厨房だけが知っていて、売場が知らない時間をなくすためだった。

店長は紙を眺め、「新人が朝の納品まで見るのは大変だよ」と言った。

夏帆は、古い札を捨てずに透明袋へ入れた。忘れないためだった。

「明日の開店準備、私に入らせてください。最初に、全部の札を合わせます」