ホーム下の銀色

鳴海梨沙がホームへ出たとき、しゃがみ込んだ女性の腕が黄色い線を越えていた。線路脇へスマートフォンの灯りを向け、さらに身を乗り出そうとしている。

梨沙は反射的にコートの背をつかんだ。

「危ないです」

「指輪が落ちたんです。すぐそこに見えてて」

枕木のそばで、小さな銀色が光っていた。女性は左手を見せた。恋人にもらったものではなく、亡くなった母親のものだという。

「何の指輪でも、線路へ下りる理由にはなりません」

「何の指輪でも同じに見える人には、そうでしょうね」

梨沙は物に執着しない。引っ越すたびに本も服も捨て、写真はクラウドにあればいいと思っている。女性は、触れられるものが残ることを「容量では測れない」と言った。

駅員を呼ぶと、最終列車の通過後に専用の器具で取ると言われた。あと十二分。梨沙の電車は、その最終列車だった。

女性はタクシー代を払うと言ったが、梨沙は断った。金を受け取れば、自分が指輪の価値を認めたようで落ち着かない。女性も二度は勧めず、代わりにホーム端の風を避けられる位置を教えた。二人はベンチへ座らず、銀色が転がらないか見張った。梨沙はホームの柱番号と、指輪の横にある白い小石の位置を端末へ残した。女性は「忘れないためですか」と聞き、梨沙は「駅員さんへ正確に伝えるためです」と答えた。思い出ではなく座標として残すやり方に、女性は少しだけ笑った。放送が入るたび女性の肩が上がり、梨沙は時刻だけを告げた。

「呼んでくれたので、もう大丈夫です。乗ってください」

女性はそう言ったが、足先が線へ向くたびに自分で戻していた。梨沙は帰宅後のタクシー代を計算し、ため息をついた。

「ライトだけ持ちます」

最終列車が風を残して通り過ぎる。二人は黄色い線の内側から、別々のスマートフォンで銀色を照らした。駅員の長い火ばさみが下り、二度空を切って、三度目に輪をつまんだ。

指輪は片側が少し潰れていた。女性は指にはめず、定期入れの透明な窓へ入れた。

梨沙は、それを保存と呼ぶ気にはなれなかった。女性も、梨沙が残った理由を理解した様子はない。

ただ二人とも、線の外へ手を伸ばさずに済んだ。