レシートの裏側

午前零時の閉店まで、あと十分だった。

海斗はホットコーヒーを一本だけレジへ置いた。依央は制服の胸元から名札を外しかけていたが、何も言わずに商品を読み取った。

「百四十円です」

「今日で最後なんだって」

「誰に聞いたの」

「店長」

三か月前まで、海斗は毎晩この店へ迎えに来ていた。雨の日は傘を二本持ち、依央が廃棄の肉まんを半分くれた。別れたあとも帰宅経路を変えられず、ガラス越しに彼女の姿だけ見て通り過ぎた。今夜、依央は地元へ戻る。

海斗はネットプリントの番号をスマートフォンに表示した。依央に渡すつもりだった手紙を、最後まで書けずに下書きのままPDFへしたものだ。印刷してから捨てれば、区切りになると思った。

複合機が一枚吐き出す。だが急いで選んだデータは、完成版ではなかった。

〈別れたいって言ったのは、君の夜勤を待つのが嫌だったからじゃない。待っている自分が必要とされていない気がして、先に逃げた〉

依央が紙を取り、レジへ持ってきた。印刷物の取り忘れとして渡すだけのはずが、途中まで読んでしまったらしい。

「これ、私宛て?」

「送らなかった」

「どうして」

「格好悪かったから」

自動ドアが開き、酔った客が二人入ってきた。依央は接客に戻り、海斗は店内時計を見る。あと六分。客が弁当を選び、電子レンジを頼み、支払いに小銭を広げる。真実はレジの下で折られたまま、少しずつ遅れていく。

残り二分で、ようやく店が静かになった。

「私、待ってたよ」と依央が言った。「迎えじゃなくて、そういう話を」

海斗のポケットには、以前預かったままの自転車の鍵があった。渡せば本当に用事がなくなるので、最後まで出せずにいた。

「今からじゃ」

「明日の朝、引っ越す」

海斗はコーヒーを握った。缶はまだ温かい。

「止めたら?」

「三か月前なら、止まったかも」

依央はレジを締め、最後のレシートを出した。裏返して、ボールペンで新しい住所を書きかける。だが途中で手を止め、線を引いて消した。

閉店の音楽が流れた。

海斗は印刷した下書きを細く破り、レシートと一緒に店頭のごみ箱へ捨てた。依央は看板の灯りを消した。