一つだけ生きたスピーカー

競技場のスピーカーから選手名を流すと、選手の寿命は、作動しているスピーカー一台につき一秒減る。南浜スタジアムには千八百二十四台あるため、実況は背番号だけを使う。

赤星颯斗は場内アナウンスの担当で、九番の本城崎岳琉とは高校からの友人だった。岳琉は十二年間、得点しても「九番」としか呼ばれなかった。新人王の表彰でも、優勝パレードでも、沿道の子どもは番号を叫んだ。新聞や電光掲示板には名前が載る。声だけが番号だった。

高校の卒業式では、担任が小型拡声器を切ってから名を呼んだ。その一秒を、岳琉は今も覚えていた。

引退試合の前日、岳琉が放送室へ来た。

「最後に一回、名前を呼んでくれ」

「三十分二十四秒減るぞ」

「試合後なら、そのくらい暇になる」

冗談にして帰ったが、颯斗には頼みだと分かった。名前を呼ばれない競技人生は、成績表だけ残る長い欠席のようだった。

試合当日、九番は後半四十四分に決勝点を入れた。颯斗は反射的にマイクへ寄り、それでも「ゴール、九番」と告げた。四万人が立ち上がり、岳琉は芝の上で両腕を広げた。

終了後、選手が一周する間に、颯斗は放送設備の保守画面を開いた。南、北、二階席、通路、売店。系統を一つずつ切る。警告が千八百二十三件並んだ。

残したのは、ホームベンチの真上にある小さなスピーカーだけだった。

同僚が青ざめた。

「無許可停止は始末書だぞ」

「一秒なら、俺が書く」

颯斗はマイクを入れた。広い客席には届かない。撤収中のスタッフも気づかない。ベンチ前で靴紐を結んでいた九番だけが顔を上げた。

「本城崎岳琉。十二年間、お疲れさまでした」

保守画面の寿命控除欄に、一秒、と表示された。

岳琉は何も言わず、右手を上げた。声の代わりに、白いリストバンドをベンチへ置いていった。

翌朝、颯斗は「放送設備を私的に停止」と書いた始末書を一秒欄まで埋め、千八百二十三本のケーブルを戻した。最後の一台の下に、岳琉のマウスピースが落ちていた。透明な樹脂の内側に、背番号ではなく、四文字の名前が針で浅く刻まれていた。