一人だけ酸素が薄い
火星旅行の訓練施設で、五人の参加者が密閉型シミュレーターへ入った。
腕輪の画面に、酸素濃度が表示される。
四人は二一パーセント。窓際の一人だけ、一七パーセント。
館内AIが告げた。
『異常値を検出。原因を特定するまで扉は開きません』
全員が窓際の参加者から離れた。
「君だけ酸素が薄い」
「俺が吸いすぎてるみたいに言うな」
医学生が腕輪を見る。
「肺活量が大きい人間が他人の酸素を奪う?」
会社員が答える。
「個人単位で表示されるなら、腕輪に何か仕込まれている」
「誰が?」
「この中の一人が」
五人は訓練開始前の行動を洗い出した。
「窓際さんは給水器へ行った」
「水へ薬を?」
「自分の酸素を減らす薬なんて目的が分からない」
「被害者を演じることで疑いを外す」
「一番苦しい人を最初に疑うの?」
窓際の参加者も反撃する。
「医学生だけ説明が詳しい」
「医学を学んでるから」
「知識のある人間が犯人というのは定番だ」
「定番で進めたら探偵役が全員犯人になる」
AIが再び告げる。
『残り時間、十分』
会社員が青ざめた。
「何の残り時間?」
「酸素?」
「ゲーム?」
「人生?」
一同は多数決で、最も怪しい者の腕輪を調べることにした。
ところが票が二対二対一に割れた。
「一票だけ別の人へ入れたのは誰」
「票を割る狼の動きだ」
「だから人狼ゲームじゃない!」
「扉が閉まり、時間制限があり、一人だけ異常値。十分デスゲームだ!」
窓際の参加者が息苦しそうにマスクを外した。すると腕輪の表示が二一パーセントへ戻った。
全員が黙る。
訓練スタッフが扉を開けて入ってきた。
「高度トレーニング用マスクを裏表逆に着けています。内側のセンサーが呼気を測っていたので、一七パーセントになりました」
AIの残り時間表示は、シミュレーター利用枠の終了時刻だった。
窓際の参加者はマスクを見た。
「犯人は?」
スタッフが答える。
「装着説明を読まなかった方です」
「説明書を読んだ人は?」とスタッフ。
手を挙げた者はいなかった。
五人は全員、目をそらした。