一度だけ冷たい月水

「一滴を一度下げるだけ? 氷術師の名簿に載せる価値もない」

北方魔法院の卒業判定で、ケルバトは無能とされた。

【魔法:《一度冷却》――触れた液体一滴の温度を、一日に一度だけ一度下げる】

氷は作れず、飲み物すら冷えない。ケルバトは王都の冷蔵庫番へ回された。

彼は毎朝、氷菓の樽にできる最初の白い筋を眺めた。一か所に氷の種が生まれると、隣の水まで一息で固まる。大きな冷気より、始まりの一点が要ることを知っていた。

冬祭りの朝、地下の月炉が暴走した。

月炉は王都の結界へ魔力を送る巨大な水晶機関だ。中心には、凍る寸前まで冷やした月水が循環している。敵の破壊工作で加熱弁が閉じず、月水は逆に魔力を吸い続けた。炉が割れれば、王都半分が白い光へ消える。

氷法院長ノクティアは氷河を呼ぶ大術を放った。しかし月炉は外からの急冷を拒み、熱をさらに中心へ戻した。技師たちは冷却管を切ろうとしたが、触れれば腕ごと結晶になる。

ケルバトは透明管の中を見た。

月水はまだ液体だった。けれど表面は、ほんのわずかな振動で凍り始めるほど不安定に揺れている。前世で見た、凍る温度を越えても液体のまま残る水に似ていた。

「全部を冷やす必要はありません。一滴だけ、最初の氷にします」

彼は管の外から、接合部ににじんだ月水へ指を触れた。

《一度冷却》

一滴の中に、白い針が生まれる。

針は管の内側へ伸び、次の一滴へ触れた。そこから枝が走り、循環する月水全体が一息で透明な氷へ変わる。液体を吸い上げていた月炉は流れを失い、唸り声を止めた。

白い結晶は炉心の熱を閉じ込め、やがて静かに溶け始める。結界灯は消えず、王都も揺れなかった。

判定官が「月水が凍りやすかっただけ」と言う。

ノクティアは凍結した最初の一滴を小瓶へ収め、その男の机へ置いた。

「だからこそ、我らの大術は強すぎた」

法院長は銀の氷杖をケルバトへ渡す。

「一度を笑った者には月炉を預けられぬ。今日から王都の温度は、おまえが最初の一滴で決めろ」