一度だけ呼んだスピーカー

矢留千隼は、卓上の携帯スピーカーへ口を寄せた。

「志摩崎灯子」

録音ボタンを離し、再生を一度だけ押す。機械の平たい声が、同じ名を部屋へ流した。

灯子が椅子を蹴って立ち上がり、茂木原斐は何をしたのか理解できずに瞬きをする。

規則は一文だった。

〈終了ベルまでに、スピーカーから一度だけ呼ばれた人物を犠牲者とする。該当者が一人なら、残る者を解放する〉

三人は天井の放送装置が、会話を解析して最後に誰かを呼ぶのだと思っていた。だから灯子は千隼の名を何度も叫び、斐も二人の姓を繰り返した。呼ばれた回数を乱すためだ。

千隼は卓上の小さな機械を見ていた。側面には、はっきり〈SPEAKER〉と印字されている。型番も判定装置の接続一覧に表示され、音声出力機器として認識されていた。

『それは備品です。規則のスピーカーとは放送者を意味します』

「人を意味するなら『話者』と書けばいい。ここに置いた機械を英語でスピーカーと表示したのは、あなたたちでしょう」

灯子が機械を奪い、自分の名をもう一度再生しようとする。だが千隼は電池を抜き、口に入れた。灯子が首を絞めても、飲み込むふりをすれば手を緩める。斐が間へ割って入った。

残り十秒。天井の放送は千隼の名を呼んだ。しかしそれは「天井放送」であり、規則上のスピーカーがどれを指すかは、判定装置の機器一覧に従う。

ベル。

〈携帯スピーカー再生履歴、一件〉

〈呼称対象、志摩崎灯子〉

〈犠牲者を確定〉

灯子の首輪が赤く、二人の首輪が緑に変わった。

「どうして私なの」と灯子が呟く。

千隼は吐き出した電池を掌に置いた。

「最初の一分で、あなたは斐を盾にして私を殴ろうとした。誰も選ばなくて済む穴がないなら、私は一番先に他人を犠牲にした人を選ぶ」

主催者は、言葉の意味を曖昧にして争わせたかった。千隼は曖昧さを機械の型番まで狭め、判定を奪った。

携帯スピーカーはもう沈黙している。一度だけ呼ばれた名だけが、取り消せない記録として残った。