一度だけ拍手を

「音喰い獣に音攻撃? 相性最悪だろ」

「鳴海小夜、楽器も持ってないぞ」

「静音結界が割れたら即全滅なのにソロ?」

鳴海小夜は、返事の代わりに両手の手袋を外した。

《無響礼拝堂》の奥で、音喰い獣ベルグが眠っている。鐘楼ほどの角を持つ獣は、周囲の音を吸うたび甲殻を厚くする。剣戟も詠唱も足音さえ餌になるため、攻略隊は完全な無音で近づき、複数人が別方向から核を刺すしかなかった。

小夜は裸足で石床を進んだ。

配信には衣擦れも呼吸も入らない。ベルグが目を開き、音のない咆哮を放つ。画面だけが大きく揺れ、礼拝堂の柱に亀裂が走った。

「近すぎる」

「角の空洞、見える?」

「まさか共鳴狙い……でも周波数を外したら強化されるぞ」

小夜は獣の真正面で止まった。

巨大な二本角は、内部が螺旋状にくり抜かれている。吸った音を圧縮し、甲殻へ送る器官。その構造を、彼女は過去の配信映像から一晩で測っていた。戦闘映像ではなく、撤退者が扉を閉めた時に残った反響だけを切り出し、百二十八回重ねた。音楽家として売れなかった彼女にとって、聞き分けることだけは、誰にも奪えない武器だった。

両手を胸の前で合わせる。

ぱん。

拍手は一度だけ。音量計の針はほとんど動かず、配信の自動字幕も拾わなかった。けれど礼拝堂そのものが、待っていた合図を聞いたように石の床を震わせる。

小さく乾いた音が角へ吸い込まれ、消えた。

一拍遅れて、ベルグの内側から鐘の音が鳴った。

低い音が高くなり、高い音がさらに折り重なる。二本の角が互いを増幅し、甲殻の裏側で逃げ場を失った振動が核へ集中した。

獣は吠えることもできない。

胸の中心から細い亀裂が走り、全身が黒い硝子のように崩れ落ちた。

「吸音器官を共鳴箱に変えた!」

「解析出た。拍手の誤差、理論値から〇・〇二ヘルツ」

「昨日の配信、柱の反響だけで測定してたのか」

「一発どころか、一拍……」

小夜は手袋をはめ直し、崩れた獣へ静かに一礼した。

直後、公式チャンネルの検証結果が表示される。

【討伐判定:外部攻撃一回/鳴海小夜の単独討伐を認定】