一日だけ_同い年
一日だけ、同い年
高齢者体験ではなく、親子で一日だけ身体年齢を交換できる制度が始まった。
八十二歳の母と三十六歳の娘は、互いに申し込んだ。
娘は、母が最近「今日は無理」と断ることが増えた理由を知りたかった。
母は、娘が電話のたび「忙しい」と言う理由を知りたかった。
交換した朝、娘は母の体で立ち上がれなかった。
膝は錆びた蝶番のように痛み、指先はボタンをつまめず、台所までの廊下が長い。新聞の文字も薄かった。
「毎日これ?」
若い体になった母は、軽々と階段を上った。
「大げさに驚かないで。動き方があるの」
母は押し入れを片づけようとした。だが娘の端末が五分おきに鳴る。仕事の連絡、保育園からの通知、住宅ローンの引き落とし。肩は慢性的にこり、胃には痛みがあった。
「あなたも、元気じゃないのね」
「若いから平気だと思ってた?」
昼、二人は買い物へ行った。
娘は母の体で横断歩道を渡りきれず、点滅する信号に焦った。母は娘の体で、急ぐ人々を避けながら手を引いた。
帰宅すると、二人とも黙り込んだ。
「これで全部分かった、とは言えないね」
母が言った。
「一日だけだし」
「でも、あなたが電話を短く切るたび、嫌われたと思ってた」
「私は、母さんが手伝いを断るたび、意地を張ってると思ってた」
交換が終わる前に、二人で暮らしの規則を書いた。
母は重い買い物を配達へ変える。
娘は週に一度、用事のない電話をする。
母は無理な日は理由を説明せず「今日は無理」と言ってよい。
娘も「今は話せない」と言ってよい。
どちらも、相手の年齢を理由に決めつけない。
夜、元の体へ戻った。
娘は軽くなった膝で立ち、母は戻った重さを確かめるようにゆっくり立った。
「若い体、返したくなかった?」
「少し。でも、あれはあれで忙しすぎる」
「年を取るの、怖くなった」
「若いまま疲れるのも怖いでしょう」
二人は笑った。
翌朝、母から電話が来た。
「今日は何歳?」
「三十六」
「私は八十二。では、それぞれの年齢で昼ごはんにしましょう」
一日だけ同じ体を知っても、二人は同じ人にはならなかった。
ただ、違う速さで歩く相手を、待つ理由だけは増えた。