一本だけ灯す

相良文乃は、二十五歳の誕生日を誰にも知らせなかった。

会社の登録情報には載っているはずだが、部署の人は気づかない。友人から届いたお祝いには、仕事が落ち着いたら返そうと思って既読だけつけた。誕生日を喜ぶ年齢でもないし、一人で祝うのは寂しい人の証明みたいだった。普段どおり残業し、帰りに食パンだけ買うつもりで、駅前の洋菓子店へ入った。

去年は同僚に祝われたが、照れ隠しに「もう嬉しくない年齢です」と笑った。その言葉を自分が一番よく覚えていて、今年は誰かに期待する前に、誕生日そのものを小さく畳んでいた。

閉店前の店内で、男の子が数字の蝋燭を床へ並べていた。母親が注文したケーキを待つ間、店員から見本を借りたらしい。名はるい、九歳。六と九を何度も裏返している。

文乃がショーケースの小さなケーキを見ていると、るいが訊いた。

「おねえさん、何歳?」

「大人に年齢を聞いちゃだめって言われない?」

「じゃあ、蝋燭は何本?」

「ゼロ本」

るいは眉を寄せた。

「ゼロ本だと、誕生日こないよ。火が見つけられないから」

「もう来なくても困らないかな」

軽く答えたつもりだったが、声が思ったより乾いた。るいは数字の蝋燭を片づけ、細い白い蝋燭を一本だけ選んだ。

「一本なら、何歳かばれない。つけて、消えるか試して」

そこへ母親が戻り、勝手に話しかけたことを謝った。るいはケーキ箱を抱え、白い蝋燭を見本の籠へ戻す。文乃は食パンを持ったまま、店を出かけた。

ガラス扉に、自分と小さな丸いケーキが重なって映った。誰も見ていないから祝えないのではなく、誰も見ていない場所で祝うことを、自分が許していなかった。

子どもの頃は、蝋燭を消す直前に願い事を急かされた。大人になってからは、願う前に実現可能かを考え、無理そうなものは口にしなくなった。今夜も願いは決まっていない。それでも、火をつける資格までなくしたわけではなかった。

文乃はレジへ引き返し、苺の小さなケーキと、白い蝋燭を一本買った。

帰宅すると、仕事用のノートパソコンが通知を光らせていた。文乃は開かずに、皿を出す。蝋燭を立て、台所の照明を消した。

一本の火が、自分のためだけに揺れるのを見てから、文乃は息を吸った。