一本だけ長い矢

矢代弦之丞は、敵の矢束に一本だけ長い矢を混ぜた。

霞城には弟がいる。だが救う相手を弟だと思えば、指が鈍る。城兵三百、女と子が百二十。それだけを数として頭へ置いた。伝令は身内の顔を荷物に混ぜてはならない。

長さは指二本分。飛び方は変わらない。だが霞城の櫓から見れば、白い雁股が列から突き出して見える。城兵への命令は一つ――その矢が飛んだら、東の水門を開けろ。

弦之丞は敵陣の弓足軽になりすましていた。死んだ足軽の笠をかぶり、頬に泥を塗り、矢筒を背負った。顔を知る者はいない。今夜集められた雑兵は、半分が昨日まで百姓だった。

長い矢の軸には、指で触れなければ分からない浅い溝を三本刻んだ。城の矢倉役が拾えば、夜襲の合図だと確信できる。見ただけでも、拾っても、意味が通る一本だった。

問題は、矢を放つ番を選べないことだった。

敵将は城壁へ火矢を浴びせ、煙に紛れて梯子を掛けるつもりだ。弓組は五人一列。合図の太鼓ごとに、前から順に射る。長い矢は弦之丞の矢筒の底にある。順番が来る前に見つかれば終わる。

隣の老足軽が一本抜き、眉を寄せた。

「お前の矢は重いな」

「雨を吸った」

「雨は降っていない」

老足軽の指が矢筒の奥へ入った。弦之丞はその手首をつかみ、笑った。

「長いのが欲しいなら、夜が明けてから女郎屋へ行け」

周りが笑い、老足軽も手を引いた。戦の前に男が守るのは、命より面子だ。

一つ目の太鼓。前列が射る。

霞城から反撃の矢が降り、隣の老足軽の喉を貫いた。弦之丞は倒れる体を支え、その矢筒まで引き寄せた。隊正が怒鳴る。

「欠けた列を詰めろ!」

弦之丞は一歩前へ出た。予定より早い。煙はまだ薄く、城壁から顔まで見える距離だった。

二つ目の太鼓。弓を引く。

隊正が長い矢に気づいた。

「待て。その雁股は何だ」

弦之丞は狙いを城兵から外し、東櫓の上へ置いた。隊正の刀が背後で抜ける音がした。

「城の葬式に、長い線香を送る」

放てば斬られる。放たなければ、霞城は夜明けまで持たない。

弦之丞は親指の皮が裂けるまで弦を絞った。

三つ目の太鼓が鳴る直前、一本だけ長い矢が闇へ放たれた。

霞城の東で、水門を上げる鎖が鳴り始めた。