一杯に集めた毒

 皆月杏子は、四つの杯を順番に持ち上げ、中身を一つへ注ぎ始めた。

 僧侶、会社員、女子高生が呆然と見つめる。赤、青、黄、透明の液体が混ざり、最後の一杯だけが濁った茶色になった。

《鐘が鳴った時、一人一つ杯を選べ。毒の入っていない杯を得た者が通過する》

 鐘まで二十秒。

 会社員が怒鳴った。

「勝手に混ぜるな! どれが毒か分からなくなる!」

「分からなくていいの」

 杏子は空になった三杯を卓へ戻した。毒がどの液体にあったとしても、今は茶色の一杯にだけ集まっている。空の器には、もう何も入っていない。

 鐘が鳴る。

 杏子は空の赤い杯を取った。僧侶が青を、女子高生が黄を掴む。会社員は一瞬遅れ、茶色の杯しか残されなかった。

「これは選べない。空の杯は無効だ!」

『選択を確認。三杯に毒なし。一杯に毒あり』

 天井の声は冷淡だった。

 会社員は茶色の液体を見つめたまま、膝をつく。飲めという規則ではない。だが毒入りの杯を「得た」時点で首輪が作動した。

『通過者、皆月杏子、蓮台寺周、波佐間小春』

 女子高生の小春が、震える声で尋ねた。

「どうして全員分を空にしなかったの?」

「毒を置く場所が必要だったから。床へ捨てれば、どの杯にも毒がないと判定される保証がない。主催者は器ごとのセンサーで見ている」

 杏子は卓の中央、杯の重さを測る四つの窪みを指した。混ぜている間も警告灯は点かなかった。禁止されていないことを、恐怖が勝手に禁止事項へ変えていただけだ。

「それに一杯だけ残せば、三人は必ず助かる。四人全員で奪い合うより簡単でしょう」

 会社員の首輪から白煙が上がる。彼は最後まで、誰かの空杯を奪おうと手を伸ばしていた。

 僧侶は、混ぜ始めた杏子を止めようとした手を胸元へ戻す。協力が正解だと分かっても、四人目を救えなかった沈黙は消えない。勝利と後悔が同じ鐘の余韻に混ざった。

 重く巨大な鉄扉が三人分、同時に開いた。

 杏子は小春へ空の黄杯を返す。

「毒が一つなら、敵まで四人に増やす必要はないのよ」