一枚ぶんの春巻き
征路が母の再婚後、初めて夕食に呼ばれた日は、台所の床が春巻きの皮でいっぱいになった。
彰彦が具を詰めすぎるせいだった。
「欲張ると破れる」
「料理くらい景気よくいきたい」
「油の中で爆発しますよ」
「じゃあ、君が巻いてくれ」
母は町内会の集まりで遅れるという。征路は帰る口実を失い、彰彦と二人で四十枚の皮に向かった。
彰彦の家には、高校生の娘が週末だけ泊まりに来る。征路とは一度顔を合わせただけだ。母と彰彦、彰彦の娘、たまに来る征路。誰を基準に食卓を数えるのか、征路には分からなかった。
「何本作る気ですか」
「余ったら冷凍」
「そういう計算じゃないでしょう」
「人数を決めると、来られなかったやつが損する」
彰彦はそう言い、また具を盛りすぎた。征路は半分を自分の皮へ移し、二本を同時に巻いた。
揚げ始めると、油が激しく鳴った。一本だけ綴じ目が開き、ひき肉が飛び出した。彰彦が慌てて菜箸を落とし、征路が火を弱める。二人で新聞紙を敷き、焦げた具を拾った。
「君のお母さん、いつもこれ一人でやるのか」
「たぶん。昔から手伝わせてくれなかった」
「俺もだ。台所に入ると邪魔だって」
「実際、邪魔ですし」
「君もなかなか言うな」
皿に山ができたころ、玄関が開いた。母ではなく、彰彦の娘から「今日は行けない」とメッセージが届いただけだった。彰彦は画面を見て、一瞬だけ肩を落とした。
征路は揚げる前の一本をラップで包んだ。
「これ、冷凍しとけば」
「一本だけ?」
「来たとき揚げた方がうまいから」
彰彦はうなずき、油性ペンを差し出した。征路は娘の名前を書き、その隣に自分の名前も書いた。二本分の包みが冷凍庫の同じ段に並んだ。
母が帰るころには、三人で食べても余るほど残っていた。征路は終電を調べたが、彰彦が新しい油を処理するのを見ているうちに面倒になった。
客用の布団は廊下の突き当たりだと聞いていた。ところが襖を開けると、枕元に充電器が二種類置いてあった。
征路はスマートフォンをつなぎ、アラームを止めた。朝、残りを揚げる役が一人増えても、油は足りそうだった。