一枚目にはいない
阿南光希は、卒業式の日だけで三十二枚撮った。
泣いている担任、胴上げされる野球部員、黒板の前で肩を組む女子。藤代叶恵から借りたインスタントカメラは、残り一枚を示していた。フィルム代が高いから失敗しないで、と朝に念を押されたせいで、光希は一枚ごとに呼吸を止めた。それでも頼まれると断れなかった。
撮った写真はその場で叶恵へ渡した。像が浮かぶたび、歓声が起きる。光希はどの写真にも自分の指紋だけを残し、顔は一度も残らなかった。
「最後、校門で全員」
叶恵が言うと、光希はいつものように列を整えた。
「背の高い人、後ろ。胸の花、隠れてる。門の文字が見えるように少し右」
二十八人が並び、光希はファインダーをのぞく。欠席者はいない。担任もいる。なのに叶恵が片手を上げた。
「一人足りない」
点呼するまでもなく、光希はわかった。
「私は撮るから」
「それを足りないって言ってる」
叶恵はカメラを奪い、近くの植え込みへ走った。平らな石に鞄を載せ、その上へカメラを置く。
「これ、セルフタイマーないよ」
「じゃあ長押しして走る」
「そんな機能もない」
言い合っていると、門の脇で腕章を外していた警備員が笑った。
「私でよければ押しますよ」
叶恵は深く頭を下げ、光希の手を引いた。列の端が詰まり、光希の場所が生まれる。
シャッターが切れ、白いフィルムが吐き出された。
みんなが帰ったあと、二人は校門の影で像が浮くのを待った。最初に見えたのは制服の黒、次に桜の薄桃、最後に、端で目を丸くしている光希だった。
「変な顔」
「撮られる準備、三年間してなかったから」
叶恵は写真の余白に油性ペンで書いた。
〈一枚目の光希〉
三十三枚目にして、光希はようやく自分も同じ日を卒業した。
叶恵はその一枚を半分に切ろうとはしなかった。翌週、写真屋で複製して、一枚を光希の家の郵便受けへ入れた。裏には〈撮る人がいないと残らない。写る人がいないと卒業にならない〉とある。
光希は三十二枚の撮影データより先に、その少しピントの甘い一枚を机へ飾った。端に立つ自分の肩が、叶恵の肩と触れていることには、そのとき初めて気づいた。