七分で三社

鋼材商社の与信更新会議で、梨木森詩乃は運送会社の配車担当として、コイル鋼材三百トンの配送実績を説明するため呼ばれた。商社は同じ日に三社へ順次売却し、売上合計九億円を計上していた。

一社目の納品は午前九時十二分、二社目は九時十九分、三社目は九時二十六分。七分刻みで受領印が押されている。

詩乃は運行ルートを地図に表示した。三社の倉庫はそれぞれ六十キロ以上離れている。七分では移動できない。

営業部長は、現物を動かさず所有権だけ転売したと答えた。倉庫証券を渡したという。

詩乃は三枚の倉庫証券を並べた。保管場所、重量、コイル番号がすべて同じ。しかも三社とも午前九時台に「現物受領済み」と署名している。同じ三百トンを、同時に三社が所有したことになる。

資金の流れも一周していた。三社目が商社へ三億円を払い、商社が一社目へ二億九千九百万円を「仕入代」として払い、一社目から二社目、二社目から三社目へ同額が移っていた。各社に残るのは手数料だけだった。

さらに配送指示書に記されたトラック番号は、詩乃の会社で前年に廃車となった車両だった。受領印も、三社分すべて同じ朱肉の欠けを持つ一つの画像である。

商社の財務責任者は、循環でも契約は別々に成立すると言った。

「市場流動性を作る取引だ」

詩乃はコイルのGPSタグを確認した。会議の日も最初の倉庫から一メートルも動いていない。

「流動したのはお金と印鑑だけです」

詩乃は三社の保険証券も確認した。同じ三百トンへ同じ時間帯に三社が動産保険を掛け、事故時には合計九億円が支払われる設計だった。証券申込書の筆跡は全て商社営業部の一人分。所有権の転売だけでなく、損失さえ三重に作られていた。

三社の担当者へ連絡すると、二人は取引内容を知らず、一人は商社から受領印だけ求められたと認めた。

与信銀行の役員が更新契約へ押す印を止めた。七分で三社を巡ったはずの三百トンは、最初の倉庫から決裁まで動かなかった。