七分で焼ける魔力パン
賢者オスベルの一行は、料理人バスティアを追い出して最初の戦闘で、たった三発しか魔法を撃てなかった。
森狼を退ける程度の術で魔力が底をつき、杖を握る指すら動かない。オスベルは非常用の魔力薬をあおったが、腹の中で冷たく沈むだけだった。
「粗悪品をつかまされたか!」
違う。薬は本物だった。
バスティアが毎朝焼いていた小さな丸パンには、砕いた星麦が入っていた。星麦は魔力を生む食材ではない。胃に入った薬や食事から、魔力へ変わる速度を七倍にする。焼き上がりから七分以内に食べなければ働かないため、彼女は出発時刻を逆算し、皆を厨房へ呼びつけていた。
遅刻を叱る、口うるさい料理人。
彼らがそう呼んでいた女は、戦闘開始時刻まで管理していたのだ。
荷袋には昨日のパンが二個残っていた。オスベルが勝ち誇って食べても、ただ固くなった麦の味がした。必要なのはレシピだけではない。焼く時刻、鐘を鳴らす時刻、食べ終える時刻までが、一つの魔術支援だった。
そのころバスティアは、王立魔法学院の実験棟で鐘を鳴らしていた。
「焼き上がりです。七分以内にどうぞ」
徹夜続きだった研究員たちが一斉にパンを取り、停止していた大魔法陣へ戻る。五分後、空だった結晶灯が最上階まで点いた。
学院長は驚くより先に、記録紙へ数字を書き込んだ。
「魔力回復時間、従来の六分の一。君のパンは菓子ではなく、魔術工程そのものだ」
バスティアには研究厨房と助手二名が与えられた。献立の変更には、彼女の承認が必要になる。
夕刻、オスベルから通信鏡が入った。
『一日だけ戻れ。パンをまとめて焼けばよい。こちらも大賢者の名にかけて、料理人として相応の席を――』
「焼き置きでは効きません。それは何度も説明しました」
『なら毎朝焼け。待遇は考える』
学院長が、次の実験予定表をバスティアの前へ置いた。そこには彼女の名前が、共同研究者として記されていた。
バスティアは通信鏡を伏せる前に告げた。
「待遇を考える段階は過ぎました。あなた方との契約は、厨房から私を追い出した日に終了しています」