七里目で止まった凱旋軍
王国軍が聖女サフィルを後方へ追い払った翌日、凱旋行軍は七里目で止まった。
敵はいない。雨も降っていない。それでも兵士たちは次々と街道脇へ座り込み、靴を脱いだ。踵の皮が剥がれ、足裏には血の水疱が並んでいる。
将軍バルゼクは「根性が足りぬ」と怒鳴り、自ら先頭を歩いた。半刻後、彼の軍靴にも血がにじんだ。
軍医は傷を治した。だが靴を履いて三百歩進めば、同じ場所がまた裂ける。治癒のたびに皮膚だけが柔らかくなり、被害は深くなった。予定では日没までに王都へ入り、民衆の前で戦勝旗を掲げるはずだった。実際には、白い包帯を足へ巻いた軍が街道を塞いでいた。
「去年は泥道を三十里歩いたぞ」
副官は答えられず、出発前の儀式書を開いた。そこには武運、勝利、忠誠の祈りに紛れて、小さな項目があった。
――サフィル聖女による軍靴と足裏の摩擦軽減。
彼女は毎朝、兵一人につき一呼吸だけ祈っていた。剣を強くするでも、敵を弱くするでもない。そのため将軍は「靴磨きの聖女」と嘲り、戦功分配の直前に軍籍を剥奪した。
凱旋式は中止となった。王都の門前で待っていた花束は萎れ、代わりに足病薬の商人だけが街道へ列を作った。
将軍は荷車へ兵を乗せようとした。ところが凱旋用の花車しかなく、鎧姿の兵を詰め込むと車軸が折れた。沿道へ集まった民衆には、勇者たちが敵ではなく靴擦れに敗れたことだけが伝わり、喝采の代わりに失笑が街道を追ってきた。
そのころサフィルは、山岳伝令隊の詰所で新しい靴紐を結んでいた。隊長リオネスが、昨日の倍の距離を走って帰った若者の足を見せる。水疱は一つもない。
「戦う者だけが国を支えるわけじゃない。手紙が一日早く着けば、救える村がある。正式に我が隊の守護役を頼みたい」
隊員たちは、彼女の祈りが終わるまで出発の鐘を鳴らさなかった。
夕刻、バルゼクから軍用通信が入った。
「凱旋だけでいい。戻って全軍へ祈れ。過去の処分は取り消す」
サフィルは伝令鷹の脚へ短い返書を結んだ。
「王国軍との行軍加護契約は、除籍命令が読み上げられた時点で終了しました」