三つの言葉屋
アーケードの外れに、三つだけ言葉を売る店があった。
客が誰に届けたいかを言うと、その人が今いちばん必要な言葉を三つ、紙片へ包んでくれる。
代金は、日没までに別の誰かへ、自分の本心を三つ伝えることだった。
父親は、受験を控えた娘のために店へ入った。
最近、娘は食事も減り、夜遅くまで机へ向かっている。
励まそうとすると、決まって喧嘩になった。
店主から受け取った紙片には、
「休んで」
「怖いね」
「味方だ」
とあった。
簡単な言葉だ。
父親はもっと特別な答えを期待していた。
代金を払う相手を考え、まず職場の部下へ、
「助かってる」
と伝えた。
一つ目。
帰宅途中、長く疎遠な兄へ電話し、
「会いたい」
と言った。
二つ目。
最後が出なかった。
妻へ愛していると言うのは照れくさい。
娘へ心配だと言えば、また圧力になる。
日が沈み始め、紙片の文字が薄くなった。
父親は洗面所の鏡へ向かい、
「私も怖い」
と言った。
三つ目は、自分へ伝えてもよかったらしい。
紙片の文字が戻った。
娘の部屋へ行く。
「勉強、どうだ」
また喧嘩の入口になる質問だった。
父親は紙片を握った。
「休んで」
娘の顔が硬くなる。
「受からなくていいってこと?」
「違う。私も怖い。何を言えばいいか分からない」
二つ目の紙片とは違う言葉が口から出た。
娘は鉛筆を置いた。
「お父さんが怖がると、もっと怖い」
「そうだな。だから、怖いね」
二人で言うと、少しだけ可笑しかった。
最後に、
「味方だ」
と伝えた。
合格の味方ではなく、娘がどの道を選んでも、その後を一緒に考える味方だと付け足した。
娘は泣かなかった。
ただ机の参考書を閉じ、
「ラーメン食べたい」
と言った。
二人で夜の店へ行った。
勉強の話はしなかった。
父親は兄から届いた「来月なら会える」という返信を見せ、娘は笑った。
翌朝、三枚の紙片は白紙になっていた。
父親は財布へ入れておいた。
必要な言葉は、店で買う前から身近にあった。
ただ本心を三つ出さなければ、包みを開けられなかったのだ。
受験の日、父親は新しい言葉を探さなかった。
玄関で娘へ、
「いってらっしゃい」
とだけ言った。
その一言の中に、三つとも入っていた。