三十分だけの会議室
月曜の昼、社内会議室Cを開けると、後輩の佐波結衣が一人で泣いていた。
私は十二時半から、転職エージェントとのオンライン面談をするため予約していた。ところが入口の端末には同じ時刻で「編成部・霜鳥」の表示もある。会議室を管理する総務の蓬田さん、予約名義の霜鳥課長、そして結衣。二重予約を入れられそうなのは、その三人だった。
結衣は「すぐ出ます」とパソコンを閉じた。しかし机の上には、私が先週提出した企画書のコピーがある。
気になったのは三点。霜鳥課長の予約は十五分だけ。コピーには赤字ではなく、緑のペンで「ここ、好きです」と書かれている。そして端末に登録された内線番号は、結衣の席のものだった。
「課長の名前を借りて予約したの、結衣だね」
彼女は唇をかんだ。
先週、私の企画は会議で見送られた。霜鳥課長は「今の部署では難しい」としか言わず、私は自分ごと否定された気がして転職サイトを開いた。隣席の結衣はそれを偶然見てしまったらしい。
本当は課長が、別部署で企画を通すため動いていること。緑の書き込みは会議に同席した若手たちの感想であること。それを伝えたかったが、正式決定前の話を漏らせない。だから課長名義で十五分だけ同じ会議室を予約し、私が面談を始める前に企画書を置くつもりだった。
「勝手に画面を見たことも、課長の名前を使ったことも謝ります。でも、辞める理由が『誰にも届かなかった』なら、それだけは違うって」
泣いていたのは、見つかったからではない。私が来るまでに言葉を決められなかったからだった。
そこへ霜鳥課長が現れ、事情を聞くと深くため息をついた。
「十五分では足りないな。私の予約を三十分に延ばそう」
転職面談はキャンセルしなかった。ただ、開始を午後にずらした。
昼休みの残り時間、三人で企画書を囲む。蓬田さんが差し入れの小さなドーナツを机に置いた。
私は緑の文字をもう一度読み、ひと口かじった。
「まず、この続きを話そうか」