三年前に予約した神回

《このチャンネル、引退済みだろ。過去映像の再放送?》

《八代景虎は膝を壊して戦えないって聞いた》

《浅層の傘修理屋が嵐竜を止めるとか宣伝臭い》

 三年前に設定した試験配信が、端末の暦同期で突然始まった。

 八代景虎はそのことに気づかず、修理した黒い傘の骨を確かめていた。店先の迷宮広場では、封印を破った《嵐竜テンペスタ》が翼を広げ、避難中の人々を風の壁で閉じ込めている。

 防風扉の向こうでは、傘を受け取りに来た少女が母親と伏せていた。景虎が引退した日の映像を知る大人たちは、彼に戦えとは言わない。ただ少女だけが、修理票を握ったまま「その傘、まだ開きますか」と尋ねた。

 景虎は杖をつき、痛む右脚を引きずって広場へ出た。

《位置情報も気象レーダーも現在時刻だ。本当に生だぞ》

《嵐竜の風速、毎秒百二十メートル》

《討伐隊の飛行艇が三隻とも接近不能》

 景虎は傘の留め具へ指を掛けた。

「雨漏りなし。骨の歪みなし。納品前に、少し大きな風で試すか」

 黒い傘を一度、開いた。

 竜巻が細くなった。

 空を覆っていた雷雲も、飛行艇を押し戻した暴風も、嵐竜の翼から生まれる風も、すべて傘の内側へ巻き込まれていく。最後には竜そのものが、雨粒のように小さくなって布へ吸い込まれた。

 広場に静寂が落ちる。傘の表面だけが、遠い雷のように淡く鳴っていた。

《技能《天候預かり》……対象が自然現象なら規模上限なし》

《嵐竜は生物じゃなく「自我を持つ嵐」分類》

《三年前の引退理由、弱くなったからじゃない。預かった大嵐を返せず戦闘禁止だったのか》

《今の傘、国ひとつ分の気圧を収納してる》

 景虎は傘を閉じ、値札を見て眉を寄せた。

「これは危ない。普段使いには売れんな」

《売る気だったのか》

《引退配信者、復帰一秒で世界最強》

《傘屋の品質試験が災害対策》

避難者の中から、三年前まで毎回配信を見ていた古参が傘店の前へ駆け寄った。景虎の右脚を見て、復帰を叫ぶ代わりに椅子を差し出す。

《過去の戦闘ログと技能波形が一致》

《代役・編集・事前召喚、すべて否定》

 景虎は座らず、預かった嵐で傘の骨が緩んでいないか一本ずつ確かめた。

 三年間止まっていた登録者表示が動き出す。

 十万、五十万、百万人。

 そして配信タイトルが自動更新された。

【動作確認】から【現役復帰認定配信】へ。