不合格者の巻き戻し
九条晴紀が召喚されたのは、勇者の鑑定式が始まる三分前だった。
説明もなく白い祭壇へ立たされ、胸に金属板を当てられる。針はぴくりとも動かない。
「能力なし。選定にも漏れた者を呼ぶとは、術者の恥だな」
軍務卿の言葉に、召喚士たちはうつむいた。
晴紀だけには、自分の胸元へ半透明の文字が浮かんで見えた。
《因果返却》
対象ひとつを、その結果が起きる直前へ戻す。
軍務卿はすぐに興味を失い、勇者候補の試験を始めた。鉄格子の向こうから、鎖につながれた双頭飛竜が引き出される。候補者たちが一斉に身構えた。
ところが鎖を外した兵士が足を滑らせた。
留め金が跳ね、飛竜が自由になる。二つの口が火を蓄え、最前列にいた幼い王女へ首を向けた。
「結界を!」
召喚士が叫ぶ。間に合わない。剣聖候補が抜刀し、魔術師候補が詠唱を始める。どちらも一手遅い。
晴紀は飛竜を見た。
倒す必要はない、と能力の意味が告げていた。今ここにいるという結果。その直前へ返せばいい。
彼は一度だけ指を鳴らした。
《因果返却》
飛竜の巨体が透ける。
炎が逆流して二つの喉へ戻り、翼が折り畳まれ、鱗が柔らかな皮へ変わった。咆哮は甲高い鳴き声になり、最後には人の両腕に収まるほどの卵へ縮む。
さらに卵の下で、逆向きの召喚陣が開いた。
兵士が昨日、北方の巣から卵を転送した。その瞬間より前へ戻されたのだ。
卵は淡い光とともに消えた。戦いは始まりさえしなかった。
王女の前へ飛び出していた軍務卿が、空振りした剣をゆっくり下ろす。候補者たちの詠唱も止まる。
「今のは……時魔法か」
召喚士長が震える声で問う。
晴紀は首を横に振った。説明する気はなかった。自分でも、まだ全部は分からない。
ただ、先ほど不合格の印を押した軍務卿が、その金属板を自ら拾い上げ、布で磨き始めた。
鑑定式の開始を告げる鐘が鳴る。
今度は全員が、最初の一人として晴紀の名を呼んだ。