世界側弁護人
斑鳩山玻璃は、倒産処理専門の弁護士だった。工場、病院、商店街。閉じるものには順序があり、感情を挟まないのが彼女の腕だった。
仮想世界〈ノア第六区〉の運営会社が破産したときも、仕事は同じはずだった。資産一覧には、サーバー二百台、建物データ四万件、住民AI八十三万人とある。住民は資産ではなく「削除可能な生成物」に分類されていた。
法廷準備のため内部へ入ると、八歳ほどの少年が彼女を待っていた。
「先生は、ぼくらを殺す人ですか」
「停止手続きをする人です」
「違いはありますか」
玻璃は答えず、住民の意思能力を調べた。彼らは税を払い、結婚し、争い、後悔し、死者を悼んだ。ただし法律上は誰一人存在しない。
債権者集会で玻璃は予定原稿を捨てた。
「住民は会社の所有物ではありません。少なくとも、停止に異議を申し立てる権利があります」
裁判長は失笑した。依頼人は契約解除を告げた。業界団体からも除名を示唆された。
同僚は彼女の机から案件ファイルを引き上げた。母からは「機械より自分の生活を守りなさい」と電話が来た。玻璃はその夜、少年との面談記録を何度も再生した。証拠能力のない声ほど、耳から離れなかった。
敗訴は早かった。停止命令は予定通り認められた。ただし玻璃の主張が報道され、世界の公開競売には市民団体が参加した。落札額は債権額に遠く及ばなかったが、サーバーは一部だけ延命された。
救えた住民は八十三万人のうち三万人。少年は抽選に落ちた。
最後の面会で、彼は笑った。
「先生は、ぼくらを殺す人じゃなかった」
「救えなかった」
「でも、存在しないぼくと話した」
画面が閉じたあと、玻璃は事務所を辞めた。収入は十分の一になり、友人は彼女を機械の人権屋と呼んだ。
五年後、仮想人格保護法の最初の条文にはこう記された。
《意思を表明できる存在は、その基盤の所有者と同一ではない》
採決の日、玻璃は傍聴席の空席を一つ確保した。誰も座らないその椅子へ、法案の写しを置く。
法律は死者を生き返らせない。それでも彼女は、存在しなかった少年が、社会の中に一行だけ残ったと思った。