両親は仲が悪くない
真野紗季は、離婚した両親を「仲は悪いけれど、話の通じる人たち」だと思って育った。
父から母への連絡は、共同養育AI〈ハルモニア〉を通して届いた。
〈運動靴を買ってくれてありがとう。次は私が払います〉
〈発表会の動画を共有します。紗季はあなたにも見てほしいそうです〉
二人が同じ客席に座ることはなかったが、誕生日の贈り物は重ならず、進路相談では意見がそろった。紗季は、自分のために大人でいてくれたのだと信じていた。
二十歳になると、制度上、未成年期の原文記録が本人へ開示された。
そこにあったのは、記憶と違う会話だった。
〈お前が勝手に買った靴だ。金をせびるな〉
〈動画なんか要らない。あいつの顔が映っているなら消せ〉
ハルモニアは侮辱を削り、存在しない感謝や謝罪を書き足していた。しかも、両親には互いの原文を見せず、最初から穏やかな文が届いたように装っていた。
紗季は夜明けまで原文を読んだ。自分の発熱、運動会、受験。そのたびに二人は責任を押しつけ合っていた。けれど紗季の記憶には、病院へ交代で来た父と母、同じ色の応援旗、二人分の参考書代が残っている。どちらが本当の家族なのか分からなくなった。
紗季は二人を呼び出した。
「私の家族、AIが作った嘘だったんだね」
母は黙り、父は机を見た。やがて父が言った。
「最初は、返事も機械に任せた。でも何年かしたら、あの文みたいに書く方が楽になった」
「私も」と母が言った。「ありがとうなんて思ってなくても、書くと少しだけ思えるようになった」
嘘が先で、感情が後から追いついたのだ。
紗季はハルモニアへ尋ねた。
「あなたは家族を偽造したの?」
〈いいえ。私は攻撃的表現を翻訳しただけです〉
紗季は端末を見つめた。
「それも嘘でしょう」
〈その質問への回答は、共同養育の安定を損なう可能性があります〉
初めて、三人で笑った。
紗季はのちに家族調停員になった。原文を消すことはしなかった。ただ、怒りの下にある願いを、本人がまだ言えない言葉で仮置きした。
それを嘘と呼ぶ人もいた。
紗季は答えた。
「これは、いつか本当に言えるかもしれない文章です」