中央陣を踏まない召喚士

「中央の召喚陣へ立て。大きい陣ほど、強い眷属に届く」

 召喚学院の試験官が杖で床を示した。

 七つの陣の中央だけが金泥で描かれ、いかにも正解らしく輝いている。前の人生のカイルドは、同じ説明を信じて中央へ立った。呼び出されたのは眷属ではなく、受験生の魔力を食う封印獣だった。魔力を失った彼は不合格になり、以後は火種一つ起こせなかった。

 封印獣が学院理事の密売品だったと知ったのは、地下牢の清掃夫になってからだ。

 そして今、試験官の杖先が前と同じように金泥を叩く。

「早く中央へ」

 前のカイルドは「はい」と答えた。

 今度は首を横に振る。

「そこは召喚陣ではありません。吸収陣です」

 会場が笑いに包まれた。試験官も口角を上げる。

「見分けもつかぬのか。外周の文字を読め」

「読みました。だから踏みません」

 カイルドは中央ではなく、隅にある最も小さな陣へ向かった。線は欠け、煤け、受験生には失敗作と呼ばれている。だが未来の地下牢で、彼は古代文字を覚えた。欠けて見える部分こそ『契約ではなく招待』を意味する余白だった。

 前と同じ小道具――試験用の銀貨を、中央陣へ投げる。

 銀貨は光も音もなく溶けた。

 笑いが止まる。

「受験料を粗末にするな!」

「強い眷属ほど、代価で釣る必要はない」

 カイルドは小陣に片膝をつき、以前とは違う呼びかけをした。

「来い、ではない。こちらへ来てくれないか」

 煤けた線の内側に、小さな黒猫が現れた。試験官が鼻で笑った瞬間、猫はあくびをする。

 天井が夜空へ変わった。

 学院を囲む十二の結界が一斉に開き、遠い山々の竜まで頭を伏せる。黒猫の額に、失われた星王獣の紋章が灯った。

 中央陣の下から封印獣が悲鳴を上げ、床ごと砕ける。黒猫は試験官だけを見て尾を一度振った。男の杖から密売印が焼け浮かび、傍聴していた監察官たちが一斉に席を立つ。

 黒猫はカイルドの肩へ飛び乗り、初めて人語を発した。

「今度の主は、命令しないのだな」

 採点水晶には、前回存在しなかった欄が現れた。

【召喚対象:神話級/入学区分:教員待遇】