九つの尾と消した香

王家の霊廟に九尾狐が現れた。

白金の尾が柱をなぎ倒し、狐火が天井を舐める。神官たちは「国亡ぼしの兆し」と唱え、最上級の鎮静香を香炉へ山ほど焚べた。

下級巫女のナディアは、袖で口を覆った。

甘すぎる煙で、自分さえ目が痛い。

彼女は香の調合を任せてもらえなかった。匂いに敏感すぎて、すぐ薄いと言うからだ。だが今夜、その鼻だけが、狐火の焦げ臭さより先に鎮静香の刺激臭を拾っていた。九尾狐は煙の薄い床際へ鼻を押しつけ、必死に息をしている。

九尾狐は牙を剥き、何度も前脚で鼻を擦っていた。怒りで暴れているのではない。尾の毛に煙がまとわりつき、涙まで流している。

「香を消してください」

「無礼な。これは神獣を鎮める秘香だ」

「苦しませています」

大巫女が杖を振り上げた瞬間、狐火が床を走った。

悲鳴の中、ナディアは香炉へ駆け寄り、蓋を閉じた。窓を開け、重い扉も押し開く。夜風が霊廟を抜け、煙を外へ連れ去った。

九尾狐の唸りが少し弱まる。

ナディアは水差しを持ち、柱の陰へ座った。

「近づかないから。目を洗いたければ、ここに置くね」

器を床へ置くと、九尾狐がゆっくり歩いてきた。山ほどもある鼻先を水へ浸し、ぶくぶくと息を吐く。その姿が妙に幼く見えて、ナディアは笑いそうになるのを堪えた。

濡らした布を見せると、狐は片目を閉じて顔を寄せた。

目の周りの煤を拭き、尾に残った香灰を払う。一本終えるたび、別の尾が順番待ちのように前へ出てきた。三本目からは、ナディアが番号を呼ぶと該当の尾だけが上がる。七本目で順番を間違え、二本が同時に出てきたので、彼女はとうとう声を立てて笑った。九尾狐の耳も、少しだけ横へ開いた。

九本目を梳き終わると、狐火はすべて消えていた。

代わりに九尾狐の額へ紅い印が浮かび、同じ印がナディアの胸元で淡く光る。

大巫女たちが声を失う中、狐はナディアを囲むように丸くなった。

九本の尾が一枚ずつ重なり、肩、背、膝を包む。白金の毛は煙の名残を追い出すように清く、重ねた羽布団よりも深く温かかった。