仮面列の最後尾

主演女優の比良坂珠緒が、幕間の楽屋から消えた。

新劇場の初日、第一幕を終えた比良坂は午後八時十二分、専用楽屋へ入った。扉を見通せる廊下の分岐には舞台監督の楡原敦章が立ち、衣装主任の蓬莱苑子と代役の真砂井圭佑は廊下の反対側で次幕の支度をしていた。窓はなく、楽屋から舞台へ抜ける通路もない。

八時二十分、楡原が呼びかけても返事がない。扉を開けると、主演衣装だけが床に落ち、比良坂はいなかった。楡原は八分間、仮面の列以外には誰も楽屋から出ていないと断言した。列が扉前を横切った数秒だけは、黒い外套が重なって楽屋の取っ手まで見えなかった。

ただし幕間には、群舞役が黒い外套と鳥の仮面を着け、楽屋前を列になって通った。楡原は「全員、舞台から戻る十二人だった」と言う。顔は誰にも見えなかった。

私は記録写真と衣装台帳を並べた。答えに必要なものは三つだった。

幕間の廊下は、化粧を直す者、道具を運ぶ者、台詞を繰り返す者で混み合っていた。けれど楡原は、専用楽屋の方向だけを見ていたと胸を張った。見張りが厳密であるほど、その目の前を堂々と通る方法が有効になる。

第一に、舞台袖へ向かう列を撮った写真には、仮面の人物が十三人写っていた。

第二に、最後尾の人物だけ、外套の裾から赤い靴底を見せていた。赤底の靴は比良坂の主演衣装に一足しかない。

第三に、台帳では予備の外套が「補修中」とされているのに、補修箱は空で、外套を留める黒い鉤が一本だけ残っていた。

真砂井が写真を凝視した。「珠緒さんは、列に混じった?」

「ええ。誰も楽屋から出なかったのではない。楡原さんが、最後尾を十三人目として数えなかっただけです」

比良坂は主演衣装を脱ぎ、蓬莱が用意した予備の外套と仮面を着けた。十二人の群舞役が視界を塞ぐ間に楽屋を出て、その最後尾へ加わった。赤い靴を履き替える時間だけが足りず、写真に残った。

蓬莱は黙って補修箱を閉じた。比良坂は劇場との違法な契約書を持ち出し、警察へ向かったのだという。

私は十三番目の仮面を指した。

「消失の仕掛けは変装だけです。舞台の魔法ではなく、十二までしか数えなかった私たちの思い込みですよ」