何もない日の写真
祖母が遺した古い即席カメラには、不思議な性質があった。
誕生日、入学式、結婚記念日。
家族にとって本当に大切な日だけ、写真が現像される。
父が昇進した日には写った。
姉の合格発表でも写った。
弟が初めて自転車に乗れた日は、半分ぶれながらも写った。
それ以外の日は、白い紙しか出てこない。
ある日曜、末の子が言った。
「今日も撮ろう」
「何の記念日?」
母が尋ねた。
「何もない記念日」
「フィルムがもったいない」
家族はそれぞれの用事へ戻った。
父は洗濯物を畳み、母は台所で夕食を作る。姉は宿題、弟は床で漫画。末の子だけがカメラを持って家じゅうを歩いた。
「今?」
「だめ。靴下が左右違う」
「今?」
「玉ねぎを切って泣いてる」
「今?」
「計算問題を間違えたところ」
誰も撮らせてくれなかった。
夕食は特別な料理ではなかった。
焼き魚、冷ややっこ、味噌汁。
父が醤油を取り損ね、姉の袖へ少しこぼした。姉が怒り、弟が笑い、母が布巾を投げた。末の子は最後の冷ややっこを取ろうとして、全員から止められた。
「一人一口ずつ」
父が箸で五つに分けた。
「小さすぎる」
「記念日じゃないから、これくらいでいい」
全員が笑った。
その瞬間、末の子がシャッターを押した。
白い紙がカメラから出た。
「ほら、写らない」
姉が言った。
けれど少しずつ、色が浮かんだ。
醤油の染みた袖。
玉ねぎで赤い母の目。
左右違う父の靴下。
漫画を膝に置いた弟。
小さな豆腐を箸で持つ末の子。
写真の裏には、祖母の字ではない文字が現れた。
〈家族全員が、あとで思い出すとは知らずに笑った日〉
母は写真を冷蔵庫へ貼った。
「今日、何の日だったのかな」
末の子が尋ねると、父は答えた。
「何もなかった日」
姉が付け足した。
「だから、みんないた日」
大切な日だけを写すカメラは、それから普通の日にも使われるようになった。
写真が現れるかどうかは、誰にも分からない。
けれど家族は、特別なことが起きなくても、たまに同じ食卓を見回してシャッターを押す。
平凡な幸せは、記念日になる前に通り過ぎてしまうことが多いから。