保育園の空き枠

栗栖川貴紀は、妻が保育園の送迎表を作る姿を見て笑った。

「専業主婦が予定表なんか作って、忙しいふりか。誰のおかげで飯が食えてるんだ」

織部谷芽生は、近所の親たちから頼まれ、送迎や一時預かりの助け合い表をまとめていた。貴紀は「無料の世話焼き」と呼び、夕食が五分遅れれば表を破った。

芽生は破れた紙を拾い、スマートフォンのアプリへ変えた。

預けたい時間、手伝える時間、資格の有無、緊急連絡先。保育士と弁護士に相談し、保険も付けた。半年後、自治体の実証事業に採用される。

市役所での発表会に、貴紀は不動産会社の営業担当として出席した。新設保育拠点のテナント契約を狙っていた。

市長が壇上へ芽生を招く。

「送迎支援サービス〈てのひら〉代表、織部谷芽生さんです」

利用者はすでに一万人。国の補助事業にも選ばれ、五つの自治体と年間契約が決まった。投資会社からの出資額は二億円。芽生は保育士を正社員として雇い、自分にも貴紀の年収を上回る役員報酬を設定していた。

貴紀は会場で声を上げた。

「妻の活動です。家庭に支障が出ない範囲で、僕が許可しています」

市長が聞き返す。

「会社代表に、配偶者の許可が必要なのですか?」

さらに、貴紀の会社が提示した保育拠点の物件は、避難経路を満たさず、面積も水増しされていた。芽生の安全審査で不採用になり、貴紀は社内調査を受けることになった。

夜、芽生は新しい事務所で貴紀へ離婚届を渡した。

「子どもを連れて仕事なんて無理だ」と貴紀は言う。

「無理を一人で抱えないための会社を作ったの。送迎も保育も、正当な報酬で頼める」

芽生の新居は、保育拠点の上階。入居審査も済み、スタッフと利用者が支えてくれる。

市役所から五自治体目の契約締結通知が届く。続いて家庭裁判所提出用の離婚協議書へ、芽生の弁護士が確認印を押した。

保育園の空き枠が一つ増え、芽生の会社の正社員枠が十人分増えた瞬間、貴紀の家だけから、無料で何でも埋めてくれた妻の枠が永久に消えた。