保証人の名前

古賀節子は、莉子が嫁入り道具をほとんど持ってこなかったことを、三年たっても責め続けた。

「実家が細いと、嫁は気楽でいいわね。家も土地も、全部古賀家が用意したんだから」

実際には新居の頭金を誰が出したのか、莉子は言わなかった。夫の慎吾が「母さんには黙っていた方が平和だ」と頼んだからだ。節子はその沈黙を貧しさの証拠と受け取り、最近では自分の小さな輸入雑貨店の借入まで「家族なら当然」と息子夫婦の優遇枠へまとめさせていた。莉子は一度だけ慎吾に、次に線を越えたら整理すると告げていた。

ある日、住宅ローンの金利見直しで銀行へ行くと、節子までついてきた。応接室に通されるなり、彼女は支店長へ胸を張った。

「古賀家は昔からこの土地の名士です。嫁の実家は当てになりませんから、私の信用で条件を良くしていただけるでしょう?」

支店長は書類をめくり、困ったように莉子を見た。

「本件の優遇条件は、葉山フィナンシャルグループの特別保証によるものです」

節子は首をかしげた。

「葉山? あの銀行持株会社の?」

扉が開き、黒いスーツの一団が入ってきた。中央にいた葉山グループ会長は、莉子を見るなり柔らかく笑った。

「莉子、久しぶりだな。慎吾君との家は住みやすいか?」

節子の顔から色が消えた。

葉山家は銀行、証券、保険を束ねる巨大金融一族だった。莉子はその一人娘である。行員が莉子にだけ差し出した資料には、節子の店を含む一族関連口座の一覧が並んでいた。節子が『古賀家の信用』だと思って使ってきた条件は、すべて莉子の身元確認によって付与されたものだった。

慎吾が深く息を吐いた。

「頭金も、母さんが自慢していた低金利も、全部莉子のお父さんが僕たちの生活を邪魔しない形で支えてくれたんだ」

節子は慌てて莉子の手を取ろうとした。

「まあ、家族なんだから、そんな大事なことを隠さなくても――」

莉子は手を引き、支店長に一枚の書類を差し出した。

「保証は夫婦二人の分だけ残してください。義母名義の事業ローンに付いている一族優遇は外します」

支店長は即座に立ち上がった。

「葉山家ご令嬢のご意思として、ただいま変更いたします」

節子が自慢していた家の信用は、その瞬間、莉子の署名ひとつに戻った。