信用を初期化した家
未来の都市では、自己破産すると個人信用が〈零〉へ初期化される。
住宅、通信、進学保証。家族契約を結んでいる者の審査にも影響する。
母が破産を申請した日、大学進学を控えた娘は言った。
「家族契約を外したい」
母は少しだけ目を伏せた。
「そうしたほうがいい」
母は介護用品の開発会社を経営し、失敗した。家を抵当に入れ、追加融資を受け、それでも従業員の給与を守れなかった。
「薄情だと思う?」
「思わない。あなたの進学まで一緒に沈めたくない」
手続き画面には二つの項目があった。
〈経済連結を解除〉
〈家族認証を解除〉
娘は前者だけを選んだ。
「両方外せば、審査はもっと通りやすい」
「家族まで初期化しない」
引っ越し先は、信用零の人が集まる共同住宅だった。母は以前の会社の制服を捨て、清掃の仕事を始めた。
娘は奨学金を得て、別の都市へ進学した。
周囲には母の破産を話さなかった。家族認証を残していることも、知られれば不利になる気がした。
ある日、大学の課題で〈信用とは何か〉を発表することになった。
多くの学生は、返済履歴や契約遵守率を示した。
娘は母へ通話した。
「破産して、一番なくしたものは?」
「会社」
「それ以外」
「人に約束していい自分だと思う気持ち」
「一番残ったものは?」
母は考えた。
「約束できないことを、先に言う習慣」
娘は発表で話した。
信用零は、人間が零になることではない。
返せない約束を整理し、これから結ぶ約束を小さくする地点だと。
発表後、教授に尋ねられた。
「身近な事例ですか」
娘は一瞬迷い、答えた。
「母です。私は経済連結を外しました。でも家族認証は残しました」
帰省した日、共同住宅の入口で母が待っていた。
「発表、聞いたよ」
「誰から?」
「公開記録。家族認証があるから通知が来た」
「外したほうがよかった?」
「恥ずかしかった?」
「少し。でも、隠すほうがもっと嫌になった」
母は娘の鞄を持とうとし、重くて諦めた。
「今はこれくらいしか手伝えない」
「じゃあ、夕飯作って」
「材料費は折半」
「細かい」
「約束は小さく、正確に」
二人は笑った。
母の信用値はまだ零だった。
けれど家族の関係は、数値を戻すのではなく、守れる約束を一つずつ積むところから再開していた。