偽りを吸う黒インク
公爵令嬢セレフィは、婚約者を毒殺しようとした罪で裁かれていた。
証拠は、彼女の署名入り注文書。希少毒を三瓶、王都の薬舗へ発注したとある。筆跡鑑定官も「本人の字」と断言し、婚約者は悲しげに目を伏せていた。
「最後に申し開きは?」
裁判長に問われ、セレフィは一枚の券を卓上へ置いた。
家を追い出された日に、使用人だった祖母が残した確定SSR抽選券。包み紙には「あなたの言葉を、他人の都合で消させないで」とだけ書かれていた。何が出ても最高等級。ただし一回限り。
必要なのは剣でも逃走具でもない。紙に残った嘘を、その場で誰にでも見える形にする物。
彼女は券を破った。
現れたのは、小瓶に入った黒インクだった。
《告白墨》
文書へ一滴落とすと、偽造の工程と隠された証拠を文字として吐き出す。
「注文書を、こちらへ」
検事が拒んだが、裁判長は許可した。セレフィは署名の上へ一滴垂らす。
黒が紙脈を逆流した。
まず署名が浮き、次に薄い文字がその下から現れる。
《舞踏会の招待状より署名を転写》
《転写者:王太子付従者ローヴェン》
《命令者:婚約者アルグレイ》
《目的:婚約解消に伴う慰謝料支払いの回避》
法廷が静まり返った。傍聴席の誰かが息を呑み、記録官の羽根筆だけが紙の上で止まらず動いた。
婚約者が立ち上がる。
「魔道具の捏造だ!」
叫んだ瞬間、インクが注文書から彼の袖口へ飛んだ。そこに隠されていた同じ薬舗の印章を黒く染め、さらに掌へ一文を浮かべる。
《偽造の報酬として印章を保管》
筆跡鑑定官は青ざめ、自分が署名だけを見て紙の年代を調べなかったと認めた。衛兵が左右から婚約者の腕を取った。裁判長は無罪を告げ、家名を回復すると続けたが、セレフィは首を振る。
「家へは戻りません。私の署名を私より軽く扱う人々とは、今日で縁を切ります」
彼女は傍聴席にいた元侍女の手を取り、自分の足で法廷を出た。
扉が閉まる直前、使い切った小瓶の上に金色の通知が灯る。
《確定SSR〈告白墨〉――王国史上初、権力者本人による偽造証明を達成》