傘を忘れた二人
杉薙透理は、幼馴染と三か月話していなかった。
原因は忘れるほど小さい。待ち合わせの時間だったか、貸した本だったか。どちらも謝らず、同じ商店街ですれ違っても会釈だけになった。
六月の夕方、駅を出ると強い雨が降っていた。
透理は傘を持っていた。鞄の横ポケットから柄が見えている。
改札脇には幼馴染が立ち、空を見上げていた。彼の鞄にも、折り畳み傘の四角い膨らみがあった。
「傘、忘れた?」
透理が訊く。
「そっちも?」
「うん」
「俺も」
二人とも嘘だった。
コンビニで透明な傘を一本だけ買った。
「二本買えばいいのに」
「最後の一本だった」
棚にはまだ何本もあったが、幼馴染は見なかったことにした。
傘の下は狭かった。
透理の右肩と、相手の左肩が濡れる。
「もう少しそっち」
「そっちってどっち」
「傘の中央」
「中央は俺」
「所有権は私」
久しぶりの会話は、昔と同じようにどうでもよかった。
商店街のパン屋へ寄り、揚げたてのカレーパンを一つ買った。
半分に割ると、衣がぱりりと音を立て、香辛料の湯気が上がる。
軒下で交互に食べた。
「本、まだ持ってる」
幼馴染が急に言った。
「知ってる」
「返すの忘れた」
「別に急いでない」
「怒ってた?」
「少し」
「俺も、待ち合わせに遅れたって言われたのが」
「実際遅れた」
「三分」
「遅刻」
そこまで言って、二人とも笑った。
雨は弱くなっていた。
別れ道へ着くと、幼馴染が透明な傘を透理へ渡した。
「買ったのはそっち」
「半分払って」
「次のカレーパンで」
「じゃあ、来週」
約束はすぐ決まった。
透理は家へ戻り、鞄から自分の傘を出した。
幼馴染もきっと、部屋で同じことをしている。
嘘を告白する必要はなかった。
互いの鞄の膨らみに気づきながら、一本の傘へ入ったことが答えだった。
玄関には濡れたビニールと、袖へ移ったカレーの香りが残った。
透明な傘から落ちる雫が、小さな水たまりを作る。
三か月分の言葉は埋まらなくても、来週までの距離なら、一本の傘で十分歩けた。