優先回線は別れだけ運んだ
【惑星間通信記録/送信者エリオラ・サーン】
通常回線・送信。
〈ヴェサンへ。帰還後、あなたの船へ移りたい。婚姻申請も出しました〉
恒星フレアの影響で、通常回線は外周中継器へ迂回した。
到着予定、八十九日後。
エリオラには遅延通知が届かなかった。
八十日待っても返事がない。
彼女は、ヴェサンが沈黙で拒んだのだと思った。
優先回線・送信。
〈もう待ちません。私たちはここで終わりにしましょう〉
優先回線は軍用レンズを通り、六時間で届いた。
ヴェサンは別れの文を読んだ。
彼はその前日、エリオラの帰還に合わせて居住区を二人用へ改装し、船団の短期任務へ切り替える申請をしていた。
だが彼女が終わりを望むなら、追いすがるべきではないと思った。
優先回線・返信。
〈了解しました。あなたの航路の安全を祈ります〉
エリオラはその文を受け取り、泣いた。
彼の短さを、気持ちがなかった証拠だと思った。
二人はそれぞれ新しい契約へ署名した。
エリオラは地表開拓隊の十年任務。
ヴェサンは外縁航路の二十年任務。
署名後の変更には、船団全員の航路再計算が必要となる。
九日後、外周中継器から最初の通信が届いた。
〈帰還後、あなたの船へ移りたい。婚姻申請も出しました〉
ヴェサンは制御室で、その文を三度読んだ。
すぐに優先回線を開く。
「エリオラ。最初の通信が今届いた」
画面の彼女は、すべてを理解して顔を覆った。
「遅延通知、来てない」
「僕も確認しなかった」
「どうして、別れたくないって言わなかったの」
「君の決定を尊重したかった」
「私は、返事がないから決めたのに」
二人は、同じ言葉に行き着いた。
「一度、訊けばよかった」
任務を取り消せば、地表基地は技師を失い、外縁船は航法主任を失う。
二人だけの都合で、何百人もの出発を止められない。
通信可能時間は残り四分だった。
ヴェサンが笑った。
「二人用の部屋、作ったんだ」
「見たかった」
「窓が小さい」
「文句を言いたかった」
「聞きたかった」
エリオラも笑った。
涙で画面が滲んだ。
「好きだった、じゃないよ」
彼女が言う。
「今も好きだ」
「私も」
「それでも、別れる?」
「もう船が動いてる」
二人は、最後まで互いを見た。
回線が切れる直前、ヴェサンが言う。
「次に大事な連絡を送るときは、優先回線で」
「別れだけ優先しないで」
通信終了。
通常回線は、二人を結ぶはずだった言葉を遅れて運んだ。
優先回線は、二人を引き離す言葉だけを先に届けた。
宇宙はどちらの文章が本心かを選ばない。
ただ速い道へ乗った順に、人生を動かした。