光速より遅いさよなら
ユナ・ハーケンが漂流船〈アルデバ〉を発見したのは、船が遭難してから四十七年後だった。
乗員は全員死亡。
記録装置も焼け、回収できるものはないはずだった。
だが廃船の影を周回するたび、ユナの観測窓へ男が映った。
宇宙服の胸には〈レフ・アーリス〉とある。
振り返っても誰もいない。通信機を開くと、雑音の中から声がした。
『今、何年だ』
彼はアルデバの航法士で、事故の瞬間から船の重力炉に取り残された幽霊だった。
窓へ映れるのは、ユナの船が廃船と同じ軌道位相へ入る七分間だけ。
ユナは予定を延長した。
七分ごとに、二人は四十七年を埋めた。
レフは出発前の地球を語り、ユナは火星に海ができたことを教えた。彼は見られなかった星雲を、彼女の目を借りて見た。
六十二日目、船内警報が鳴った。
廃船の重力炉から漏れる放射線が、ユナの許容量を超え始めていた。
『離れろ』
「離れたら、あなたは消える」
『私はもう死んでいる。君まで過去形になる必要はない』
ユナは救難局へ、あと一周だけと頼んだ。
許可は下りなかった。
レフは、自分を縛っている重力炉を恒星へ投棄してほしいと言った。
それでアルデバも、彼も完全に終わる。
最後の周回で、ユナは作業艇を廃船へ接続した。
ハプティック手袋が突然、誰かの指の圧力を返した。
レフが操縦席の向こうから手を重ねていた。
「初めて触れた」
『別れ際だけ、宇宙は気が利く』
炉心を射出する。
アルデバがゆっくり恒星へ落ち始めた。
「どこかへ行くの?」
『分からない』
「怖い?」
『君が振り返るほうが怖い』
ユナは推進器を点火した。
距離が開くほど、窓のレフは星明かりへ薄くなった。
『生きて』
「簡単に言わないで」
『死者には、それしか頼めない』
通信が途切れた。
アルデバは光の中へ消えた。
十七分後、帰還航路へ入ったユナの受信機が一度だけ鳴った。
光と同じ速さで追いついてきた、最後の信号だった。
〈君が生きて離れていくことを、私の帰還と呼ぶ〉
ユナは返信しなかった。
送る相手はもういない。
代わりに船首を地球へ向け、速度を上げた。
さよならは、いつも相手が消えたあとに届く。
それでも届いた言葉は、生き残った者を未来へ押すだけの力を、光より少し遅れて持っていた。